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お節料理を貰う

2012-12-31 | 日記

昨夜、息子一家来訪。お嫁さんがお節料理を持ってきてくれた。

何でも、地元プロ野球球団の元某有名選手、現在は解説者のお宅で、奥様が知り合いを何人か呼んで料理を作る集まりがあり、招待されたんだとか。

いろいろと珍しいお料理が入ってます。煮しめや黒豆もたくさん作るとおいしいですよね。

海の見える高台の家。材料費も全部奥様持ちだったそうで、間接ながら、ありがとうございました。ごちそうになります。

嬉しいなあ。わが息子たちは誰一人としてお節料理なんか作れないけど(多分)、人が育てた子がこんなきれいなお料理持ってきてくれるなんて。もちろん息子三人には別の場面で楽しませてもらったし、いろいろ楽しかったけど。

息子は急な仕事が入り、急遽仕事場へ。結局、夜は家で寝ることになり、お嫁さんと孫だけが泊まることになった。賑やかで賑やかで、おもちゃや絵本をあちこちに広げて、一度に家の中がお花畑みたいになった。

これから始まる怒涛の年末年始。早寝早起きして体力維持に務めよう。

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下関の魚市場へ行く

2012-12-30 | 旅行

29日午後自宅発。下関のホテルにチェックイン。すぐ近くの海峡メッセ展望台から。左本州、右九州。そろそろ日暮れ。

手前、下関市。向こう北九州市。

暗くなってきました。

下関はフグが名物。以前は昼行ったけど、今回は夜。


 

朝起きたら雨です。登山の予定を変更。唐戸市場へ。

トラフグ二匹

マグロなど

アワビもすぐ近くで獲れるらしい。二匹で4,200円

ナマコ

 カニ

トラフグの白子

すぐ近くの八幡宮はお正月の準備万端整う。関門海峡の向こうは九州。


 

野菜、乾物、フグ、くだもの、パン、ケーキなどを買って、帰りに長府に寄る。長府毛利藩の城下町。落ち着いた街並みが続きます。

功山寺の墓地で、大内家、毛利家の墓を探す。墓よりもこちらに驚く。イタビカズラの実。初見。普通は岩などに張り付いているが、勢い余って木立になり、イチジクのような実を着けている。

中はこんな感じ。

歩き疲れたので一休み。このあと下関インターから帰宅。


いつ行っても唐戸市場は大賑わい。中学生がお手伝いしているのについほだされ、その店でもいろいろ買った。スーパーより、デパートより楽しい市場。安いけど、一つのパックが大きすぎる。でも雰囲気で買ってしまう。半分レジャーです。

帰りは上りで道が空いていて、早く帰れた。けっこうでした。

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「山家集」 宮柊二訳 

2012-12-29 | 読書

清滝川 2009年7月


1972年河出書房新社発行 日本の古典11所収。

すべての歌が網羅されているのではなく、訳者が選抄、翻訳、解説したもの。

訳者は歌人なので、長い短歌の歴史を踏まえながら過不足なく解説してくれるので誠に読みやすく、芭蕉や明治以降の歌人への影響にも触れており、大変勉強になった。

これを読んで思ったこと。私もいつか山の中に庵を結び(は無理なので山の見えるワンルームマンションに棲み)、目が醒めたら起きて、眠くなったら寝る。本読んでネットして、たまに絵を描いたりして、ご飯は近所のコンビニで調達。たまに市内に戻って友人とランチ、情報交換。

うんと歳とったら、安い介護施設に入ってやっぱり山を眺めている。昔のことをいろいろ思い出してブログを続けている。。。。

よし、老後はこんな感じでいこう!!

ところで只今同居中のお方は?はて?さて?どこでどうしていますやら。きっと幸せに暮らしているはず。


好きな歌をいくつか。

春としもなほおもはれぬ心かな雨ふるとしのここちのみして

 静か、一人。

ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川のみずのしらなみ

 嵯峨野からだと、当時はトンネルがないので低い峠を越えたのかも。西行のことだからほんとに行ったと思う。

たび人の分くる夏野の草しげみ葉末にすげの小笠のはずれて

 青空、夏雲。草原を分けて行く一人の旅の僧。草が茂るので笠が取れたりする。

雲雀あがるおほ野の茅原夏来れば涼む木かげをねがひてぞ行く

 さりながら昔の夏旅は大変。

とふ人の思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし

 孤独を友とする境地。強くなければここまでたどり着けない。例の「寂しさに・・・」より私は好き。

誰すみてあはれ知るらむ山ざとの雨降りすさむ夕暮れの空

 なんか水墨画になりそう。


言い訳。

年末、遊んでいるばかりじゃありません。今朝は台所、洗面所の掃除。玄関周りと道から見えるところのサッシを磨いてただいま小休止。

しめ飾りは夫の仕事場は毎年購入。我が家は水引細工の小さいのを毎年使う。20年くらい前にそごうで千円で購入。充分原価償却したと思う。それにつけても最近デパートへとんと行きませんね。

人と色彩の溢れてるのを見るだけで疲れる。欲しいものがなあーーーーんにもない。心はすでに隠者かも。さりながら、来年もこんな感じでのんびり行こう。

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「京都山家集の風土と風景」 名古屋茂郎

2012-12-28 | 読書

京都市南郊にある城南宮。2010年3月。

鳥羽離宮のあった場所で、西行はもとこの離宮の北面の武士。ここを詠んだ歌、ここで詠んだ歌がいくつかある。


年末になって、なんか西行ばかり読んでます。私も一人でフラフラ出歩くのが好きだから、共感するんですね。

この本は執筆当時、千葉県の高校教諭だった著者が、休暇に何年もかけて、歌に詠みこまれた場所を訪ねた紀行文という体裁。労作である。

場所は京都市内とその郊外。でも73カ所とたくさん。800年以上の年月は景観を一変させているけれど、山の形、川の流れ、山の端から上がる月だけは変わらない。歌に詠まれた場所に立ち、遠い昔に思いを巡らしつつ、もう一度歌を味わう。そういう本である。

場所の説明は丁寧だけど、歌論ではない。そこが少し物足りないけど、よくよく考えたら、歌に詠みこまれるほどの場所はたくさんの歌が残され、西行らしい独自性を求めるのは元々ないものねだりだということに思いが至った。西行もまた同じ場所を訪ねた感慨が、歌として思わず口に出たことだろう。技巧もなく、感想も深くはない。

けなしているのではありません。歌とはそういうもの。私があるところへ行ったら、桜が咲いていた、モミジが赤かった、月がきれいだった、川が流れていたと歌うのが本来の和歌。自然を愛で、国の弥栄を寿ぐ予定調和の目出度い世界。新年の歌会始の歌いっぷりということです。

この本読んで思ったのは、西行って都の内外でも実にいろんなところへ行っているということ。ほとんどが徒歩だろうから、その健脚ぶり、好奇心の強さ、即興で歌が口をついて出るその才能。感心してしまった。たぶん普段から、頭の中で、三十一文字でものを考えていたんじゃなかろうか。

年末や掃除もせずに本読んで来たる正月いかに迎えん・・・とか。これは今の私の状況ですが。

で最後に一つだけ口コミ。人に厳しく自分に限りなく甘い私です。きつい言い方します。ごめんなさい。

289ページ1行目、豊富秀頼ですって。びっくりした。自費出版や同人雑誌じゃあるまいに、この間違いはどうしたことでしょう。校正漏れ?編集者は何していたの?

いやしくも値段をつけて世間に流通させるつもりの本ならば、これはまずい。たった一字で本全体の品格が落ち、何よりも内容の信頼性が崩れ去るというものである。

個人が手軽に情報発信できる現在、人にお金と時間を割いてもらうその責任感を著者も出版社も深く自覚してほしい。

この本で紹介された歌で一番好きなのは

伏見過ぎぬ岡の屋になほとどまらじ日野まで行きて駒試みむ

地名が三つも入っている。試みむと言うんだから、初めて乗る馬かも。初めての馬を試して、どんどん遠くまで行ってみる。この疾走感。800年前の若武者。

今なら、新車を走らせて遠くまで行くという感覚かな。昔も今も若い人はスピード好き。

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大掃除・・・お金はたまらないけどホコリがたまる

2012-12-27 | 日記

長いタイトルですねぇ。外へ出してるものが多すぎるんですよね。それでホコリがたまる。

なんちゃって暖炉の上。お皿は自分で買ったけど、花瓶はもらい物。全部動かして掃除。疲れた。

後ろの、栓付きの赤と金のガラス容器は、お姑さんの友人が家を売って老人ホームに入る時に、お姑さんがもらってきたもの。音楽の教師をしていたというモダンなおばあちゃん、白髪を長く伸ばして三つ編みにして永遠の少女のような人でした。ご存命かしら。

ものにはみな記憶という命がある。だから捨てない。断捨離、反対。死んだあと迷惑かけたくないなんて、そんなこと不可能。迷惑を掛けたり掛けられたり、それが人生。

今から、死んだあとのこと考えるなんて寂しすぎる。

カップボードはむき出しなのでこちらもホコリがたまる。全部出して食器も磨き、棚も拭きまた元へ納める。疲れた。

夜写したので画像が荒い。それともカメラの調子が悪いのか、最近いい写真が撮れない。

自分で絵付けしたお正月用食器各種。使うかどうかは不明。一応出してみた。

パソコンはコタツの上に置くので、最近はただの物置台。庭のセンリョウを差して、読みかけと読んだばかりの本は手近に置くことにした。

絵本とおもちゃ。いつでもおいで。博多人形の膝の上の猫がお気に入り。来たらいつも撫でている。人形は10年くらい前、お姑さんが義妹夫婦と博多座へ行ったときのお土産。人形がなんか私に似ているそうで。そうかな???

だいぶ前、アンティークと骨董にはまっていて、安いものをあれこれ買った。蚕飼育用のざるだとか、オークの古い額だとか。お正月用にあれこれ飾るのが面倒なので、今回はもうこれで終了。

あと四日。そのうち二日は遊びの予定。あすは今日より忙しくなりそう。

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正しい年末年始の過ごし方

2012-12-27 | 日記

朝から掃除してたけど、何しろ最近は起きるのが8時半過ぎだから午前中いくらもはかどらない。なんでこんなに遅くなるかというと、夜中過ぎ手から本んだりして三時頃まで起きてるから。この一事をとっても主婦資格は歴然としておりまする。

夫は一人で起きて、一人で簡単な朝ごはん作って食べてます。今朝はゴミ出しがあったので、何とか頑張って起きて、登山用キャップに長いダウンコート、下は以前も書いたかな?何にでも対応するズボンで外へ出る。ゴミを置く場所までわずかな距離だけど、近所の人に会わないことを願いつつ。

以前は表通りの方へ出してたけど、同年輩、通勤姿の女性がきちんとした身なりで、かかとの高い靴をカッカッと鳴らして目の前を通るので、さすがに自分が惨めになってやめた。


で、表題ですが、まあ人それぞれでいいんじゃないでしょうか。自分が何をするかは自由だけど、「こうしなければならない」と決めつけて人をあれこれ指図するのは厳に慎みたいもの。

常々思うことは、自分の思うとおりになるのは自分と自分の夫だけ。そのほかは思うようにはならないので、放置したほうが気も楽。お正月も来てよし、来ずとも好し。来たら楽しいし、来なくても静かで体が休まる。どっちでもいいんです。でも来るだろうなあ。嬉しいけど、疲れるなあ。。。

きのうぼんやりとある投稿サイトを覗いていたら、妊娠→流産の女性の夫が、お正月に自分の実家へ行って手伝えと言ったとか言わないとか。いろんなレスがついてたけど、夫を支持するのは皆無でしたね。私も同じ意見だけど、なんでこの夫はそんなこと言うのかそっちが不思議だった。

親を助けたいなら自分でやればいいと思う。次男なので節目節目で点数稼いで、相続の時に有利にしてもらいたいと思うのだろうか。わかりませんね。

今の民法ではみんな平等。たとえ公正証書を作って誰かに全財産を譲るとあっても、民法の規定の半分の遺留分の権利はあるんだから、家庭裁判所へ言って行くなりして淡々と法律の決めるところに従って処理すればよろしい。んじゃなかったかな。

家制度とセットになった、お正月、お盆の習俗。もう、なんかねぇ。。。。

写真は12月初め、大阪で。

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聚楽第の遺構

2012-12-26 | 日記

が先日発見され、現地説明会が24日にあったらしい。行きたかったなあ。場所の見当は大体つく。バスで堀川通りを北上して上長者町?で下りたらすぐのはず。でも新幹線で往復すると二万円以上もかかるので断念。

聚楽第は秀吉が京都に造った城郭。現在の西陣にあり、わずか8年で破却された。甥の秀次をいったんは後継者にしておきながら、自分に子供ができると謀反の疑いありと殺したその秀次の住んでいた城郭である。

戦国武将は気が荒い。そして晩年の秀吉は自分の寿命と競争するように、手荒なことを次々とやっていく。聚楽第の遺構は西本願寺などに一部残されているけれど、桃山風の優美な建築。全体はどんなの壮麗だったのかと思う。

聚楽第の全容を知るのは現在では不可能と言われていた。城の範囲が広いこと、上に街並みがあり、個人の家の下を掘ることはできないから。今回のように、たまたま公共施設の建て替えなどで深く掘り下げて一部が出てきたのは珍しいことではないかと思う。保存するそうで、まずはよかった。今度京都へ行くときには行ってみようかな。

聚楽第に関して思い出したけど、京都には太閤地蔵という大きな石仏が道端にある。場所は今出川通りと志賀越道の交差する場所、10年前、三男の住む部屋を一緒に探していて偶然出会った。うろ覚えの記憶だけど、確か平安時代頃から街道にあったのを秀吉が気に入って聚楽第に持って帰り、後にまた戻されたという話だったと思う。お地蔵様にとってはいい迷惑。

庶民の信仰の対象まで自分のものにするなんて、秀吉らしい。でも永遠に続く権力はあり得ず、それに比べて、お地蔵様の寿命の長いこと。

息子がよく遊ばせてもらった大学のサークルの建物も、建て替えるときに発掘調査したら、鎌倉時代初めころの寝殿造りの屋敷跡や庭の遺構が出てきたという。吉田泉殿町とかいう地名だったかな。屋敷はとうになくなっても地名に当時の風雅な記憶をとどめている。地名大切。

聚楽第も吉田の寝殿あとも詳細な調査報告書があるはず。どこで見られるんだろうか。見たいなあ。

写真は2007年10月。息子の車で高雄まで。今出川通りを西へ。仁和寺の前を通ります。

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忙中閑あり

2012-12-26 | 日記

先日と同じく桐壺院大喪(この字がいいかも)の行列。

making vide0によると、ロケ地は奈良の遷都1300年を記念して作られた公園とのこと。手前は朱雀門?クレーンの上から撮影していた。夜でないと要らんもんが見えて現代だと丸わかり。時代劇はいろいろ大変です。


午前中、台所の各部分を磨き、午後から外出。

某メーカーのタートールセーター、22日に買って3日目の昨日、ピリピリピリと気持ちいい音がして襟が半分くらい取れてしまった。びっくりして店に電話したら新しいのに交換してくれることになり、徒歩で出かける。

で、ついでに最近はやりのコンパクトな襟巻買ってしまった。表がタータン柄のフリース、裏は起毛素材。前をマジックテープで留めると、マフラー独特の邪魔になるビラビラがなく、使い心地がいい。後ろに行くにしたがってカーブして幅広。着物の襟足が寒いので重宝しそうです。

帰りに息子の高校時代の同窓生のお母さんとばったり会って、しばしの立ち話。お互いおばあちゃんになり、いろいろと近況報告。元気そうで何よりでした。今年もきょうを入れてあと六日、来年こそはこの国もいい感じになってほしいもの。

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宮島で遭難騒ぎ

2012-12-25 | 日記

マイセンで買ったティーカップは日本で買うのと全然同じ値段だった。

ブルーオニオンはいろんなメーカーが出してるけど、マイセンが元祖だそうで、マーク入り。

そして並べてみると、ほかのメーカーの線が滲んで勢いがないのに比べ、さすが手描き、エッジが立ってる。

マイセンのショップで、いろいろ考えていたらMay I help you?と声を掛けられつい買う羽目に。

声掛け大切。あとでその人とレジの人がウィンクして喜んでた。ドイツも不況の模様。

今度はケーキ皿買いたいけど、とりあえず自分で絵付けした小皿を出してみる。


日本三景の一つ、安芸の宮島の弥山に一人で登山した31歳の女性が、山中で道に迷い、二晩山で過ごした後、救出された。

寒い中で大事に至らずよかった。弥山は山自体がご神体で、原生林が結構深い。麓は賑やかな観光地だけど、山は山、気を付けなければと私も思った。

山で道に迷ったら、降りずに登るといいらしいですね。頂上は一点、そこまで戻ると正しい下山道がわかりやすいし、宮島の場合、山頂にはお寺、ロープウェイの駅などあるので、もしかしたら夜もそこに滞在している人がいるかも。そこまで戻ると安心ですね。

でも駒ヶ林みたいな別の山もあるし、疲れて動けなくなってたのかもしれないし、あまり動き回らないのは賢明でした。やっぱり一人は怖いかも。

数年前、山口県の山に一人で登って、途中、たくさんの赤いテープがぶら下がっている道へ誘導されて、なかなか山頂に着けないことがあった。たくさんの道のある里山の方が帰って迷いやすいんですよね。

弥山もコースがいくつかあるので、ルートの確認は大切。しかしまあ、無事で何よりでした。

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諸事年末進行で

2012-12-25 | 日記

年末年始用にCD、DVD、本を購入。掃除もせずにコタツが定位置。

こちら昨年封切りの「源氏物語千年の謎」より、桐壺院大葬の行列。映画はお金かけてます。

この当時は(と現実とごっちゃになるけれど)八瀬の童子は動員されたのかな。八瀬は矢背ではなくやっぱり八瀬だと私は思う。去年行って、瀬や淵がいくつも連なる川の景色見て思いましたもん。

しかしながら、そして、辺境の地の人が天皇家と直接繋がっているという誇りを持つこと。それが天皇制の空間。


昨日は夫が美術館へ行ったので、昼、待ち合わせて外で食事。よく行く並木通りのポルタポルテ。ピザランチがものすごいボリュームで、でも頑張って食べた。サラダ、メイン、ドルチェ、コーヒーで¥1,350はお買い得。

お正月用の大皿買うつもりだったけど、いいのがなくて、そのうち夢プラザで白菜を買うという計画のなさ。白菜が重くて重くて、結局帰宅。


年末のこの時期にトイレのリモコン故障。新しいのに取り替える。10,080円。高っ!!!!でももうなしでは済まされない習慣とは恐ろしいもの。年賀状はやめたはずだけど、恩師他少しだけ出す。午前中とりあえず印字。今は西行が来てるので、年賀状はこの三首を。

年くれぬ春くべしとは思ひ寝にまさしくみえてかなふ初夢 

山のはの霞むけしきにしるきかなけさよりやさは春のあけほの

たちかはる春をしれとも見せがほに年を隔つる霞なりけり

                                           山家集

午後から投函予定。そのあとは掃除少々と読書かな。DVDは付録のmaking videoを見る予定。

怠けているものにもお正月様は平等にやってくるはず。そんな心の狭い人でないことを信じたい。

 

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人に優しい世の中に

2012-12-24 | 日記

なんて、私が言うと柄にもないと突っ込まれそうだけど、きのうはちょっと考えてしまった。

固有の地名を上げるなら広島駅。歳の頃なら30くらいの男性が車椅子に乗っている。南口は駅ビルのエレベーター利用するので地下へ降りられるけど、地下の通路を通って新幹線口に上がるのは階段とスロープしかない。私のだいぶ前を通っていた車椅子の男性がスロープに差し掛かり、必死で漕いでいる。

大勢の人が通っているのに誰も助けてあげず、階段の方からさっさと地上に上がるんですね。遠くから見ていて悲しくなっちゃった。私は近づいたので「押しましょうか」と声をかけて地上まで押して上がった。スロープは勾配が緩いので、女手でも簡単。

「ありがとうございます」と言われたので、「このくらいお安い御用ですよ。気を付けてね」と言って出たところで別れた。うちの息子たちと同じくらいの歳。ついほだされてしまった。一人暮らしなんだろうか。押していると、長い間、髪を洗っていないような匂いがした。

世の中、健常者と障がい者と分けるけど、一人一人の年齢、体力、体の調子は違うし、線引きできるものでもないと思う。障がい者に優しくない社会は、体の具合の悪そうな人や、年寄りにも優しくない社会。

いずれ自分も年寄りになるし、おかげさまで今は健康な私と私の家族だっていつ病気になったり、障がい者になるかもしれない。ちょっとしたことを気楽に手助けできる世の中の方が絶対に安心。どうしてみんな知らんふりで通り過ぎたのかしらとちょっとショックだった。

いい子ぶってるみたいでとっても嫌なんですが、みんなが自分にできるちょっとしたことをするだけでもだいぶ違うと思う。

それから広島駅の自由通路。改装するという話を聞いた気もするけど、違ったかな。車いすや足の不自由な人、重い荷物を持つ人が通過できないなんて、市の玄関口なのにあまりにお粗末。国際平和文化都市だそうですが、名前が恥ずかしがってませんか。

新幹線口のエレベーター、絶対必要ですよね。市?県?JR?どこへ言って行けばいいんでしょう。

新幹線口、旧国鉄の木造平屋の官舎に替わって、シェラトンとかいう外資系のでっかいホテルが建ち眺めは一新、その近くで車いすの人が難儀してるなんて、悲しすぎます。

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「西行」 高橋英夫

2012-12-24 | 読書

誰とてもとまるべきかはあだし野の草の葉ごとにすがる白露  山家集2180

化野念仏寺 2009年7月撮影


古来、西行に関する本はあまたあり。先日の西行物語が西行入寂後、時を経ずして書かれしものならば、こちら前世期の終わり、わずか20年ほど前の著作にして、ものの見方感じ方、けだし現代人のものならば今を生きる我らの腑に落ちると言うべきか。

むむむむ、いかん。和歌をあれこれ読むうち(詠むではなく)変な言葉遣いになってしもうた。


 

著者は東大独文科出身の文芸評論家。1933年生まれ。いまだご存命なのだろうか。

西行の一生を和歌に即して辿り、出家がいかなるものだったか、詩境はどのように深まったか、分かりやすく解説している。文学者の西行論が、結局は自分の文学観を披歴する材料として扱われるのに対し(読んでないので偏見でもの言ってます)、この本では和歌の中で見つめる西行自身の心を、公正に評価しようとする姿勢に私は好感を持った。

西行はただ単なる漂泊の詩人にして隠者ではなかった。身を聖に置きながら、歌を通じて人と関わり、武士の豪気を内に秘めた心の強い人でもあった。その強い心で自然を見、その中に自分の心を見る。

それまでの歌が自然の中に自分の心が溶け去ってしまうのに対し、自然を見ることで自分の心象に気が付く。押さえようもなくわきおこってくる荒々しい自我。それを素直に歌い、どうなるのか、目を凝らしてみている。なんかものすごく文学性があると思った。この時代の人はふつうこんなに自分に執着しないし、文字に残しもしない。

旅をして各地を歩きに歩き、気に入ったところには庵を結んで二、三年滞在。縁が尽きたらまた旅に出る。でも歌壇の評価も気になり、俊成、定家に自作の一人歌合せの評を頼んだりしている。

旅をする人に憧れ、思いを字に残せる知性に憧れ、歌われた内容に読む者の意識下の心が共振する。西行の人気はこんなところだろうか。

いいなあ、風景を見ただけですっと歌の詠める人は。有り触れた眺めも言葉が添えられて風景として完成する。

私の好きな歌をいくつか。

番はねどうつればかげを友として鴛鴦住みけりな山川の水 

     こうありたいものです

あくがるる心はさてもやまざくら散りなんのちや身にかへるべき 

     公園にずらりと並ぶソメイヨシノは大通俗。桜と言えば山桜。

年たけてまた越ゆべきと思ひきや命なりけり小夜の中山

     ちょっとはまりすぎだけど、越→来にして、再訪した地名を入れたら即興の歌になるのでよくお借りしています。

     デズニーランド、東京タワー(解体?)などなど。修学旅行で行った京都の神社仏閣も可。

見るも憂しいかにかすべきわが心かかるむくひの罪やありける

    因果応報を言うところは時代の制約。自分の心をしっかり見ているのは近代文学のようでもあり。

他にもいろいろありますが機会を改めてまた。

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倉敷で遊ぶ

2012-12-23 | 旅行

きょうは夫が留守なので、アウトレットモール日帰りツアーで倉敷へ。

倉敷駅前。以前はチボリ公園というテーマパークがあったところ。

でもきょうはこちらへ。

部屋で一人食事します。和室にテーブル。

鯛しゃぶ御膳だったかな。おかずが多いけど頑張って食べた。こういうことは頑張る。

誰もいません。とても静かです。冬の日だまりがありがたい。

閑中閑あり。寝転がって天井を見ます。やれやれ。

このあとお風呂に入って、若い女性と話し込む。地元の人で、携帯のポイントを利用して遊びに来たんだとか。

ロビー横の喫茶室でコーヒー飲んでから帰ります。

玄関わきの豆柿

倉敷には五時間滞在してこちらの南門集合。お客さん多かったけど、私は何も買わなかった。。。欲しいものが何もないというのもつまらないけど、静かな何もしない時間を買ったと思えばそれもまたよしと言うところでしょうか。

よい子のお小遣い帳。ツアー代金3,980円。食事と入浴で最高4時間滞在プランプラン2,980円(楽天のポイント使って2,180円)。コーヒー400円。お土産800円。家から駅までの往復電車代280円 合計7,640円。

ささやかな一人忘年会でした。 

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年末まであと10日

2012-12-21 | 日記

写真は今年7月、息子一家と食事に行ったときの清盛御前。これのどこが清盛????


気が付いたらお正月まであと10日。お正月を迎える準備、今までしたこと。

庭の掃除。冷蔵庫の整理。食器棚のガラス磨き。二階の部屋の整理。。。。。こんなもの、普段からしておくこと。ことさら威張ることでもあるまい。ったく。

これからした方がいいもの。

障子の張り替え。破れてないので省略。

年賀状。恩師二人。母にだけ出す。あとは数年前から省略。代わりにネット掲示板でごあいさつ。来る人には年明けてから出す。

掃除。普段の掃除を少し丁寧に。台所の換気扇は夏にしているので省略。夏の方が油汚れはよく落ちる。

おせち料理。食べるのは夫が数の子、長男が煮しめ程度。なるだけ省略して温かいものを食べたい。殆ど省略。


遊びの予定。いろいろ。でもここでは書かない。内緒。

年末年始は夫が仕事が入っている。ご苦労様。あの歳でまだ必要とされているんだからありがたく思わなければ。

真面目にやっても不真面目にやっても、お正月はみんなに平等にやってくるんじゃないかな、と自分に限りなく甘い私。

おっと忘れてた。年末までに本二冊読む予定。主婦失格。


涙の年末物語。結婚当初の三年間、夫の家に同居していた。お姑様は今でこそ料理もあまりしないけど、当時は張り切って年末にはありとあらゆるものを作っていた。同居の嫁としては、ここはひとつ手伝わねばなるまい。

でも人に言われるままに動くって全然面白くないものです。仕事に貴賤はないと言うけれど、まだ嫁入り前の義妹と二人でメインの料理、私は言われるままに足りないものを買いに行ったり、と下手間ばかり。

普段は私、義妹、お姑さんで交替で作っていたように思う。料理なんて、二人でしたからと言って時間が半分に短縮されるわけではない。ペースが合わないのはストレスの元、でも年末だけは別。

私は料理は、というか何でも雑でチャッチャッとやるけど、ものすごくゆっくりでものすごく丁寧。29日から三日間はずっと家にいて、その料理に付き合っていた。こんなの苦労でもなんでもないけど、大変だったーーーふぅ、、、

今は私の料理もおざなりになったけど、別の家を構えたときには自分のペースで好きなものを作れる嬉しさをしみじみと感じたものです。

そうそう思い出した。隣の家に別居してからも、大晦日、みんなで年越ししようと呼ばれるのも嫌だった。ビデオのない時代、お舅さんが紅白なんて見なかったから。嫁にはチャンネル権なし。あーーーあああーーーーー見たかったよう。

少しずつ、少しずつ時間は流れ、カセットに録音した紅白を年明けに聞いていたのも今は昔。好きな時に好きな番組が見られるこれも嬉しい。今は家族は二人、テレビは三台。幸せ。

お正月やお盆って、家制度をメンテナンス補強するための制度なのかも。がしかし、伝えていくほどのいかほどの家にてはあらん。ものみなすべて省力化、平準化、それもまた結構かと。

 

 

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古文書講座へ行く

2012-12-20 | 日記

きょうから新しい史料を読む。大部。ファイルを作りました。

材料はこれ。三男の古いファイルとお舅さまの絣の着物を解いたもの。何という名前か知らないけど、絣の仲間。

両側を袋状に縫って入れる。簡単。ミシン出すのが邪魔くさいので手縫い。一時間くらいかかった。気が短いのか長いのか、自分でもようわからん。

これは当地の大名家家老の家臣、某家の幕末から明治にかけての日記。筆まめ。ご城下の武士の暮らしがよく分かる。

当地の国立大学の持つ史料の一つ。過去に通して読んだ人もいるだろうけど、今、講読している。

癖のある字も慣れれば何とか読める・・・らしい。まだまだ四苦八苦です。

きょうは古文書講座に着物で行く。きものーーーって感じが嫌なのでなるだけ普段着っぽく。マフラー、登山帽子で防寒ばっちり。サンダルはさすがに遠慮して普通の草履で。着物にも合う履きやすいサンダル、どこかのメーカー、作ってくれないかしら。

けなす人がいなくてよかった。褒めてもらえた。着たのは先日の結城に娘時代の半幅帯。帰って見たら帯が半分解けてた。あーーー恥ずかしい。

次にこれを着るつもりで出してたのに果たせず。小紋にきょうのとは別の半幅帯です。

小紋って案外着る機会がないかも。普段着なら紬など。紬は着崩れてても言い訳できそうだけど、やらかもんは着崩れると見る方も着てる方も情けないだけ。

きょうは電車で行く。当たり前だけど、電車の中、着物は私だけ。今の時期だと中高年女性は短いコートにズボン。色は黒、こげ茶、濃いベージュ。みんなよく似た格好。昔に比べて女性がおしゃれしなくなった気がする。それとも当地の土地柄かな。

きょう「着物を着て道を歩く会」を(心の中で)立ち上げ、**(我が家のあるところの地名が入ります)支部長に自分で就任した。会員は今のところ私だけ。活動は着物着て外へ出ることだけ。同好の士が各地に増えて欲しいけど、人は人、我は我。着るものは自分がどう見られたいかというメッセージ。

はい、きょうの私の恰好はどう見ても、古いものの好きな、融通無碍、いいかげんな女でございます。

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