KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

WOC登山部2020.05.20 阿讃縦走路

2020年05月21日 | 香川の里山
先週の笠ケ峰から星越山への周回で、色々とあって星越山を断念した後、

さて今週はどうしようかと考え、え~ちゃんが県境歩きでうろついている

三頭越え竜王山辺りに目をつけた。

REIKOさんにも花の場所を事前に聞いたりしていたが、

なんせ花音痴。花に詳しいえ~ちゃんみたいに、花を目当てに歩くのも・・・・なので

三頭越え辺りで周回できるコースがないかと考え色々調べていたら、

今週からWOC登山部を一部再開し土器川源流から三頭越えを歩くと案内が来た。


三頭越えにはもちろん引っかかったが、

緊急事態宣言も香川県は解除されたものの、県を跨ぐ移動は依然と制限されている中、

5週間ぶりの登山部。どうしたもんかと一応考えた。


4月20日に山岳4団体が「コロナウイルス収束までの登山自粛」を呼びかけた後、

ネット上では様々な意見が飛び交った。ただ十把一絡げの曖昧な呼びかけに対して

YAMAPはそれぞれの地方での実情を踏まえてアナウンスを出していたので

個人的には一番納得できる内容だと思ってこの間一人で里山を歩いていた。




そして5月14日に特定都道府県以外に解除がなった後、何のアクションもない山岳4団体と違って

YAMAPはすぐにメッセージを出した。

・公共交通機関の利用は極力控える
・都道府県をまたいでの遠征登山は控える
・移動の際は立ち寄らずに帰宅する
・複数人で登る場合は、ソーシャルディスタンス(約2m)をとる
・地域住民の方への配慮を忘れず、地域のルールや方針を事前に確認する
・医療機関や救助隊に負担をかけぬよう、危険を伴う登山は避ける

という内容だ。長々となったがその点で言うと今回の県内での

WOC登山部活動再開は取りあえずOK!だろうという事で参加することにした。


おおよそ一ケ月ぶりの登山部の再開に、予想に反して(眺望も山頂感もない山に)

大勢のメンバーが集まってきた。やはり皆さんこの間の自粛でウズウズ?していたと実感。

前回登山部で阿讃縦走路で歩いた土器川源流から

三頭越えまでが今回のコース。琴南の道の駅に集合してそこから乗り合わせで

(マスクをして出来るだけ喋らず、窓を開けての対策をして)

県道108号線を土器川源流まで走る。峠の道の脇に車を停めて支度をするが

もうすでに女性陣が賑やかに話し込んでいる。ヌ・ヌ・ヌ!ソーシャルディスタンスは?

って感じだが、それは一ケ月振りの再会、仕方がないと・・・・・黙認!

『お久しぶり!』とひなちゃんに挨拶。前回最後の山行をギックリ腰で休んだ

IRIBITOさんは、あれから癖になっているらしく、これでガラスの腰の殿堂メンバー入りとなった。







南側には吉野川越しに徳島の山々が見えている。位置的には

黒笠山矢筈山辺りだけれど、雲がかかって特定はできない。




峠から東に進むと民家の脇から縦走路が始まるが、久しぶりの登山部に麺法師さん

張り切ってそのままアスファルト道を進んで行くので、『お~い!ここから』と呼び戻す。




縦走路の道は明瞭で少しづつ高度を上げていく。

所々に掛けられている案内板だか、木札にまるで印刷したようなきれいな文字が書かれている。

この木札は阿讃縦走路ではなく讃岐山脈縦走路となっているが、麺法師さんによると

最近は阿讃山脈ではなく、讃岐山脈と学校でも教えられているということだ。

でも母校の校歌には『黎明(あした)に高く聳え立つ、

阿讃の峰にこもりたる・・・・』と謳われてるんだけどな~。







『久しぶりでしんどいわ!』といいながらセニョさんが歩いて行く後ろを付いて行くと、

オンツツジが朽ちてフラワーロードになっている。







緩やかに高度を上げていく道にはその道を塞ぐように倒木が何ヵ所も!

そのうちに最初のピークにある三角点『境』に着いた。久しぶりの山歩きで勘が鈍ったのか?

先頭を歩く三角点マニアのセニョさんと麺法師さんは気づかずに通り過ぎていくので

『お~い!三角点があるよ!』と呼ぶと、慌てて二人が戻ってきた。ここにもキティ山岳会のプレート。

このキティー山岳会のプレートは県内の里山のあちこちで見かけるが(けっこうマイナーな山にも)

その活動は一切不明で(ネットで調べても出てこない)不思議な会なのだ!







生い茂る木々の隙間から少しだけ南側の景色が見えるが、吉野川に沿って街並みが広がり

南の山間にも続いている所を見ると貞光町かな?と。




先週までのさぬき市辺りの里山にはユキモチソウを度々見かけたが、

これはアオマムシソウかな?




小刻みにアップダウンを繰り返し右は杉林、左が自然林の道が続いていく。







道幅が狭く登り坂になるとどうしても間隔が詰まって来て、いかんいかん!ソーシャルディスタンス!




樹林帯の中から青空が広がる場所に出た。右側はどうやら美馬モーターランドらしい。

道の左側は伐採された檜が転がり萱原の藪の丘になっている。GPSを見るとどうやらこの上に

三角点『勝浦』があるようだ。珍しくセニョさんが躊躇しているので先ずは藪こき特攻隊で

私が登って行く。刈られた萱が折り重なり足元が悪く、茨で手をひっかき出血しながらも

登って行くが、それらしい場所は藪の中。『ダメや~!見当たらん!』と言いながら

最後に伐採された木の上に上がり見渡してみると、赤い杭が見えた。

その杭をめがけて藪をかき分け進むと足元に三角点。







『あったよ~!』と呼ぶとセニョさんを始め、物好きなあっちゃん・ルリちゃん・やっさん

ゾロゾロと集まってきた。セニョさんも『今までこれだけ探すのに苦労したのはあんまりなかったな~』と

言いながら、いつも以上に満面の笑顔で三角点バンザイ!




三等三角点・勝浦をゲットした後は、美馬モーターランドの広場を見ながら

鞍部で待つメンバーの元へまた藪の中を下って行くと、鞍部は二股越え(立石峠)の案内板がある。

以前にエントツ山さんが、単独無支援の5泊6日で阿讃縦走路を踏破した際に

この三角点勝浦をどうにも見つけることができずに失意に暮れてビバーグした場所だ。







ここからは三頭越えまで2.8km。県立自然公園の道として

整備されているらしく、この立派な案内板がしばらく続いていく。




県立自然公園だけあって所々にベンチがあり幅の広い快適な道が続いていく。

植林地の道の少し窪んだ場所にはイノシシのヌタ場が二つほどあり、

高木に囲まれた薄暗い道の脇にはギョウリンソウが一株。

途中で征木と影三角へと書かれた分岐の案内板を通過。










ほぼ平坦な道から少し登り詰めると四等三角点『征木』があった。今日の縦走路で最後の三角点となる。




ここからはしばらくは植林地と自然林の境の道が続くが、それが終わると自然林の中の道になる。










麺法師さんが先頭で足を滑らせるが、決定的瞬間を取り損ねた!




新緑の眩しい道の脇には散り始めているけどまだオンツツジが目を楽しませてくれる。










少しアップダウンを繰り返すと最後は三頭峠への下り坂が続いていく。

ぬかるんだ下りの道にカメラを構えるが美味しいネタをなかなか提供してはくれない。







三頭越えは阿讃の交易の峠としてこの辺りで一番往来のあった場所。

広場になっている場所にある鳥居の額束には徳島側からは『金毘羅大権現』、

香川側からは『三頭大権現』と彫られている。そもそも三頭越えは、この峠の南にある

金毘羅宮の奥の院と云われる三頭神社から由来しているという。

徳島の人が金毘羅宮をお参りした後、三頭神社にもお参りしたらしい。

その三頭山には幕末から明治にかけて門前町が営まれ旅館が立ち並び賑わっていたという。

この峠にも当時は茶屋があり、峠を登ってきた人たちが一息入れた場所だったということだ。







鳥居の南側には以前からオッパイ地蔵と呼んでいたが触られて胸の辺りが

テカテカになった石仏?(みんな考えることは一緒のようだ)と




反対側にもう一体の石仏が向かい合っている。いままでお地蔵さんと思っていたこの二体の石仏は

エントツ山さんのレポートで、この二体は天宇受売命(アメノウズメノミコト)と

猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)だということを初めて知った。






アメノウズメノミコトは天照大神がへそを曲げて岩屋に閉じこもった時に、岩屋の前で裸になって踊って

周りに居た神々をざわつかせて、引きこもった天照大神に岩屋の扉を開けさせたという伝説の神様。

サルタヒコノオオカミはニニギノミコトが降臨した際にすったもんだの末、アメノウズメノミコトの

色気に絆され高千穂までの道案内をした神様だそうだ。道案内の神様としてサルタヒコノオオカミは

峠に相応しいとは思うのだが、アメノウズメノミコトまで祀られている謂れが気になるが、

どうやら二人は結婚したらしいと言う事なのでいつまでも一緒にと言う事だろうか?

オッパイにやっさんと一緒にタッチ!(にやけすぎて奥様には見せられない写真です)

ゆかりんに『この間から女体山やらオッパイやら、ほんまスケベやな』と言われてしまう。




丁度お昼時なのでここでお弁当を広げることにする。




天狗の原型の説があるサルタヒコノオオカミの鼻は何故か折れていて、目元は蜘蛛の巣だらけになっていた。

ご飯を食べた後時間があったので、先ほど奥さんのアメさんのオッパイを触った事を

サルタさんが憤慨して天罰がくだったらいかんので、木の枝でその蜘蛛の巣を払いのけてあげる。

『もう決して不純なことはしないので、どうぞお許しください!ね』




峠から久保谷への道は先ほどまでの縦走路と比べると、随分と植物が目につくようになった。

ここからの道は山野草の宝庫で、花好きのえ~ちゃんとkamatamaさんも結構頻繁に訪れているらしい。

ヨウちゃんがそんな山野草を探しながらウロウロしている。

え~ちゃんのブログの読者のヨウちゃんは花の場所を聞こうとえ~ちゃんのブログにコメントをしたが

全く相手にされず返信もないと悔やんでいた。え~ちゃん、せっかくのファンが・・・・・!














この道は江戸中期から昭和30年代くらいまで、徳島の山間部の農家から県内の農作業の為に賃借りしていた

借耕牛が行き来していたという。最盛期には年間2000頭近くがこの道を通ったというが

今はその面影もなく、道幅は細くなりザレて歩きにくい場所もある。








次第に沢沿いの道になり何度か渡渉を繰り返す。

道の脇の石仏と小さく積まれたケルンが目につく。










山野草ではフタリシズカが峠近くではまだ青々としていたが、高度が下がって行くと

次第に白い花が目につくようになった。初めて参加のつーさん・つーおくさんとヨウちゃんが

新緑の緑の中に溶け込んで飲み込まれていくように見える。










麓に近づくにつれ沢の水の流れは大きくなり、小滝が連続していく。

何度か歩いた事のある道だが、何故だかあまり記憶に残っていない。










渡渉の場所では何度か道を間違えそうになるが、とにかく沈しないように渡って行くと

何やら先頭の方から騒がしい声が聞こえてきた。遠目で判らなかったがどうやらセニョさんが沈?







いつもならメンバーそれぞれとの話をネタにするのだけれど、

これだけ離れて歩いていると近くにいる人との話ししか書けない。

ソーシャルディスタンスも不便なもんだ!




斜面の地表に大きく太く根を張る巨木を横目に見ながら歩いて行くと久保谷に着いた。

登山口の脇にある鐘つき堂の鐘を鳴らして本日の山行は終了!

国道をしばらく歩いて道の駅へと戻って行く。













この間一ケ月以上の独り歩きは静かな静かな山歩きで、以前の里山歩きの難しさや楽しさを

思い出し味わう事ができたが、登山部のメンバーとの賑やかな山行も、

これはこれでまた良し楽しい時間となった。

県内を跨ぐ移動はまだできないので、しばらくは出来るだけ人が少ない里山を歩く事になりそうだ。

早くこのメンバーと笹の広がる稜線や里山とはまた違う爽やかな風の吹く山に出かけたいもんだ。



今日のカシミールのトラック



今日の3Dトラック