ランプの匂いについて、記憶というものがあっただろうか。一夜を明かした吾妻小舎の泊まり客はオイラだけで、風がガラス窓を大き叩くたびに目が覚め、ぼんやりと明るいランプの匂いが、そのたびに鼻をついた。油そのものの不快な臭いではない。どこか遠くの世界でしか嗅ぐことにできないような異質で、しかしなつかしい匂い。もう、この木造の部屋の夜を何十年と満たして、染み付いたランプの匂い。管理人さんは、もう今年でやめて引き継ぎ手があらわれないのだという。
来年から、廃屋となったこの部屋の匂いは、やがてランプからカビに由来するものとなりゆくのだろう。
今日は、寒冷前線の通過によるつよい風が夜中から吹いていた。小屋の 周りの黄金色のカバノキの木の葉が舞っていたことだろう。