しろつめ・楚々・くちかずこ姫のお部屋 goo

安易に清水の舞台から飛び降りるが、意外に用心深い。極めて自己中心的だが、意識がない部分で情が深かったりもする。

孤児院

2010年05月16日 08時45分00秒 | インポート
くちこが通っていた小中学校区に、孤児院が二つありました。
今思うと、これって珍しい?
もう、「孤児院」って死語なのかな。

毎年、母の日がくると、くちこの頭の中に遠い思い出が・・・
今思うと変なんだけど、
母の日が近づくと、教室の各机にピンクの小さな造花のカーネーションが配られるんです。
所々に、カーネーションのない机が・・・
孤児院の子の机です。
孤児院の子の机には後から、白いカーネーションが配られます。
母がいない人の色・・・
変な思い出でしょ?
でも本当です。

学校にウサギ小屋があって、日曜日のエサ当番になったことがあります。
当番は二人で、もう一人は孤児院の子でした。
くちこは母に頼んで、たくさん用意して貰いました。
何故ならあの時代、孤児院の子はお腹いっぱいご飯が食べられないことを知っていたから・・・
とてもウサギの分まではないだろう・・・と。
日曜日の朝、男の子はバケツ一杯野菜くずを持ってきました。
よく考えたら、三人家族のくちこんちより、よほどたくさん用意できるのでした。
そして、とても静かで優しい男の子でした。

六年生になった時、県の健康優良児コンクールがありました。
くちこと一緒にウサギ当番をした男の子が最終選考まで残りました。
背も高く、運動能力も抜群でした。
でも最後に別の子が選ばれました。
理由は・・・体重不足・・・*(涙)*
あああ、お腹いっぱい食べられていたら!!!
と、くちこは一人心の中で悔しがっていました。

年末になると、孤児院の先生が募金箱を持って街頭に立っていました。
くちこは、自分のお小遣いを入れました。
そして、そのことを誰にも言わなかった・・・

くちこの友達にも孤児院の子がいました。
ノートは4回位、消しゴムで消して使っていました。
セーラー服の白線が黄ばんでいました。
何人も何人ものお下がりだから・・・

その友達に急に「母」が「発生」しました。
どうも死別ではなく預けていたらしい・・・
友の顔にぱっと花が咲きました*(カーネーション)*
そして「母の家」に行った報告を・・・
ピアノがあって素敵な家だったと。
母に引き取られていなくなりました。
そして・・・
数ヶ月後に戻ってきました。
孤児院の子として。
友は何も言わなかったし
くちこも何も聞かなかった。

くちこはね、
母の日が来ると、
そんなことを思い出すんです。
ご精読、どうもありがとう*(笑顔)*
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする