川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

交友Ⅲ 四国路④

2009-12-03 08:45:58 | ふるさと 土佐・室戸
 11月23日(祝)つづき

 葉牡丹という居酒屋での交流会は午後1時からです。高校同級の一郎くんと9月に東京で会っていただいた大崎さんがきておられるところにコニヤンと私たちが定刻ぎりぎりに駆けつけました。一郎くんと大崎さんは初対面ですがもうすっかりなじんでいるようです。

 何がテーマというわけではありませんが故郷土佐の山河に抱かれ、友人たちと談論風発するひとときは心が和んでほんとうにうれしい。それぞれに多忙な人々がせっかくの休日を割いて集ってくれたのです。

 一郎くんは同級生ですから古くからのつきあいですがこうして個人的に酒を酌み交わすようになったのは最近のことです。東京に住むある方の帰郷を支援する事業の中でお互いに縁戚関係にあることもわかりました。コニヤンと大崎さんはこの一二年のうちにブログが縁で出会うことができました。
 でも、こうして酒を酌み交わしていると百年の知己のような気がします。どこかに共通する願いを持って生きてきたという信頼があるからでしょう。元気に生きてまたこんな機会を持ちたいと思わせてくれます。感謝あるのみです。

 今日、別のところで講演をされている梅原孝司という方がコニヤンの尊敬する先輩教師だということです。健ちゃんと梅原さんは同級生と聞いています。日程が重なって惜しいことをしたものです。

 会場の都合で3時過ぎには再会を約して散会。一郎くんと一緒にNC商会まで歩いてみました。健ちゃんは一郎くんの隣町に住んでいるので紹介しておきたかったのです。当然のことながらお二人は留守です。
 
 一郎くんの家にたどり着いて新しく整備した庭を見せてもらいました。表の店構えしか知らなかったものですから、初めて家庭訪問をさせてもらったような感じです。

 一郎くんの店の写真があります。大正の末期、師範学校に通っていた父が一郎くんのおばあちゃんたちに世話になったようです。この建物は当時のものでしょうか。

 中橋金物店http://ryofu.blog.so-net.ne.jp/2008-02-13

 

 川越に帰ってから梅原さんからメールをもらいました。こんなことがあるものですね。コニヤンとは竹村一水という共通の師、一郎くんとは遠戚、梅原さんとは「丸木美術館」。縁(えん)つづき。

 高知にもう一人新しい友人ができたような気がしてうれしいやら心強いやら。何ともすばらしい旅になりました。

 

 はじめまして、高知の梅原 孝司(うめばら たかし)と申します。ブログを通じて、健ちゃんとと、コニヤンのところに寄られていたことを知りました。ちょうど、23日は、健ちゃんから聞いたと思いますが、その日の夕方から「小夏の映画会」で、話をすることになっていましたので、残念ながら、お会いできず、またの機会に、ぜひお目にかかりたいと思います。

 私も中学の社会科教師をやっていましたが、この春、定年まで、5年を残して早期退職しました。ブログを見ますと、ご夫婦で、丸木美術館に関わっておられるようで、それにも驚きました。
 実は家内(長野県出身、今は小学教師)が高校卒業後、丸木美術館においてもらい、俊さんからデッサンを習っていました。家事を手伝いながらの1年間の居候だったようです。私たち2人も学生時代は「8,6」行事には前日から泊まり込みで、手伝ったものです。いま美術館にいる、俊さんの姪にあたる村上ひさ子さんと家内は同じ年で、仲良しです。

 25年以上昔、高知市教育研究所創立40周年の記念講演は、私たちからお願いして、俊さんに来てもらいました。そのあと、窪川の原発反対運動のメンバーのところに行ったり、2日ほど、土佐路を案内したものです。

 今回、西村のケンちゃん(近所で彼とは保育園の同級生でもあります)と、コニヤン(古くからの教師仲間です)の2人のブログに、同時に丸木美術館のことが出て、驚きました。2人とはいつも、ブログを見たり、メールでやり取りしています。2人は面識がありませんが、2人を鈴木さんの来高(帰郷?)を通じて、繋ぐ役割ができましたので、近いうちに3人でいっぱいやらないかんねと考えているところです。私は、鈴木さんとはまだ、面識がありませんが、今回の縁を通じて、ぜひ、また、高知にお帰りになる時は会いたいなという気持ちです。「川越だより」は今後とも、読ませていただきます。今後ともよろしくお願いします。