17日(木)
先日、新潟港での僧侶たちの読経や趙さんの鎮魂の舞踊を見て「祈り」の力に感動したことを書きました。
書いてからいやなことを思い出しました。いやなことはなるべく書かないことにしていますが、大事なことだと思いますので書き留めておきます。
昨年の8月6日、丸木美術館で若麻績敬史(わかおみたかし)さんの記念講演がありました。この年の春、善光寺が中国政府のチベット弾圧に抗議して聖火リレーの出発地になることを拒否し、当日、犠牲者の追悼法要を行ったときのリーダーです。テーマは「祈りの力」です。
当日の様子を紹介したブログがあります。ごらんになってください。ぼくがたびたび無断で紹介させてもらうヒキノ村人さんのブログです。
ヒキノ村人さんのブログhttp://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/e/121e1999d4d11d23ac67e121b10de02b
ぼくはこの方と同じく「いいお話」だったと思いました。外国(米国?)から来た女性の方が感動したと感謝の言葉を伝えます。
びっくりしたのはそのあとのことです。丸木美術館の常務理事の片岡健だという人が立ち上がって非難としか言いようのない言葉を投げつけたのです。
「感動しなかった」云々は個人の評価ですからともかくとして、話の内容ではなく、当日配られた資料の内容について攻撃し始めたのです。
チベットで虐殺行為があったと書いてあるが証拠があるのかとか、最近、若麻績さんたちが麻生さん(後の首相)を呼んで講演会をやったのがどうとか…。
この方は何かの行事のときによく見かけるのですが「常務理事の片岡健」さんとは初めて知りました。そして非常識ぶりにあきれ果てました。
若麻績さんはお盆前の多忙なときに長野から駆けつけてくれたのです。お願いしたのは財団法人「丸木美術館」です。常務理事というのであれば「遠いところ来ていただいてありがとうございます」から始まるのが当然だと思っていたのです。
ところが自分がいかに日中の友好に尽力してきたかをのべ、若麻績さんを非難することに終始したのです。
丸木美術館はなぜ8月6日に若麻績さんをお招きしたのでしょう。「祈りの力」について学ぶためではありませんか。
若麻績さんはこの無礼な対応にも誠実に自分の思いを伝えていました。善光寺の法要ではチベット側と中国政府側の両方の犠牲者の名をあげて追悼したこと、そういう両者の壁を打ち砕く「祈り」についてお話になったのではなかったかと思います。
新潟での若麻績さんたちの祈りの現場に立ち会って、「祈りの力」を実感してぼくは今この拙文を書いています。昨年夏の若麻績さんのお話の意味がよりよく理解できるようになったのかと思っています。
片岡さんは「日中友好運動」のリーダーとも言うべき方のようです。
片岡 健さんhttp://www.kokuminrengo.net/old/information/kataoka.htm
このような方がなぜ、自分がお呼びした若麻績さんにこうした態度をとり、素直にお話を聞こうとしないのでしょうか。
これはしっかりと解明する必要がある課題だと思います。日本と中国だけでなく、日本と朝鮮の民衆がどうしたら力を合わせて独裁と闘い、友好を打ち立てることができるのかというテーマにも通底しているからです。
また、丸木美術館が政治的立場や思想信条に囚われることなくさらに多くの人々に開かれた美術館になるためにも必要なことだと考えます。迎える側に人としての常識さえないとしたらそれは不可能です。
丸木夫妻の画業には生きとし生けるものへの無条件の愛が宿っています。ぼくはこの絵の前に世界中の政治的リーダーが立ってほしいと思っています。麻生前首相も例外ではありません。
美術館にお願いです。遅くはなりましたが若麻績さんの講演内容をニュースで紹介してください。そしてなぜ、このような無様な事態を引き起こしたのかきちんと検証する作業をしてください。
《参考記事》
チベット動乱で聖火拒否の善光寺僧侶 若麻績敬史さん
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2009/06/nozawa22-12.html
先日、新潟港での僧侶たちの読経や趙さんの鎮魂の舞踊を見て「祈り」の力に感動したことを書きました。
書いてからいやなことを思い出しました。いやなことはなるべく書かないことにしていますが、大事なことだと思いますので書き留めておきます。
昨年の8月6日、丸木美術館で若麻績敬史(わかおみたかし)さんの記念講演がありました。この年の春、善光寺が中国政府のチベット弾圧に抗議して聖火リレーの出発地になることを拒否し、当日、犠牲者の追悼法要を行ったときのリーダーです。テーマは「祈りの力」です。
当日の様子を紹介したブログがあります。ごらんになってください。ぼくがたびたび無断で紹介させてもらうヒキノ村人さんのブログです。
ヒキノ村人さんのブログhttp://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/e/121e1999d4d11d23ac67e121b10de02b
ぼくはこの方と同じく「いいお話」だったと思いました。外国(米国?)から来た女性の方が感動したと感謝の言葉を伝えます。
びっくりしたのはそのあとのことです。丸木美術館の常務理事の片岡健だという人が立ち上がって非難としか言いようのない言葉を投げつけたのです。
「感動しなかった」云々は個人の評価ですからともかくとして、話の内容ではなく、当日配られた資料の内容について攻撃し始めたのです。
チベットで虐殺行為があったと書いてあるが証拠があるのかとか、最近、若麻績さんたちが麻生さん(後の首相)を呼んで講演会をやったのがどうとか…。
この方は何かの行事のときによく見かけるのですが「常務理事の片岡健」さんとは初めて知りました。そして非常識ぶりにあきれ果てました。
若麻績さんはお盆前の多忙なときに長野から駆けつけてくれたのです。お願いしたのは財団法人「丸木美術館」です。常務理事というのであれば「遠いところ来ていただいてありがとうございます」から始まるのが当然だと思っていたのです。
ところが自分がいかに日中の友好に尽力してきたかをのべ、若麻績さんを非難することに終始したのです。
丸木美術館はなぜ8月6日に若麻績さんをお招きしたのでしょう。「祈りの力」について学ぶためではありませんか。
若麻績さんはこの無礼な対応にも誠実に自分の思いを伝えていました。善光寺の法要ではチベット側と中国政府側の両方の犠牲者の名をあげて追悼したこと、そういう両者の壁を打ち砕く「祈り」についてお話になったのではなかったかと思います。
新潟での若麻績さんたちの祈りの現場に立ち会って、「祈りの力」を実感してぼくは今この拙文を書いています。昨年夏の若麻績さんのお話の意味がよりよく理解できるようになったのかと思っています。
片岡さんは「日中友好運動」のリーダーとも言うべき方のようです。
片岡 健さんhttp://www.kokuminrengo.net/old/information/kataoka.htm
このような方がなぜ、自分がお呼びした若麻績さんにこうした態度をとり、素直にお話を聞こうとしないのでしょうか。
これはしっかりと解明する必要がある課題だと思います。日本と中国だけでなく、日本と朝鮮の民衆がどうしたら力を合わせて独裁と闘い、友好を打ち立てることができるのかというテーマにも通底しているからです。
また、丸木美術館が政治的立場や思想信条に囚われることなくさらに多くの人々に開かれた美術館になるためにも必要なことだと考えます。迎える側に人としての常識さえないとしたらそれは不可能です。
丸木夫妻の画業には生きとし生けるものへの無条件の愛が宿っています。ぼくはこの絵の前に世界中の政治的リーダーが立ってほしいと思っています。麻生前首相も例外ではありません。
美術館にお願いです。遅くはなりましたが若麻績さんの講演内容をニュースで紹介してください。そしてなぜ、このような無様な事態を引き起こしたのかきちんと検証する作業をしてください。
《参考記事》
チベット動乱で聖火拒否の善光寺僧侶 若麻績敬史さん
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2009/06/nozawa22-12.html