怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

役にたたない日々

2011-04-21 21:34:32 | 
佐野洋子の遺作です。

この本の白眉は、最後のところにあると思います。
それまでは、なんと言うこともない老境に入って怠惰に暮らしている日々を淡々とというか正直に書いてあります。でもいつもの切れのよい言葉がどことなく感じられず、佐野洋子も老いたのかと感じてしまいます。
しかし、最後の2008年冬の文を読むと乳がんが転移してホスピスを入れて余命2年と宣告され、延命治療を拒否し、好きに生きようとする。
寝てばかりしていた日々は抗がん剤の副作用で起き上がれなかったのか。
老後の生活の心配もなくなったから、余命宣告後すぐにジャガーを買って、車庫入れでぶつけ1週間でぼこぼこにしながら、充実した人生を送っているといえる。毎日がとても楽しくて仕方ない、死ぬと分かるのは、自由の獲得と同じだと言える強さ。死ぬ日まで好きなものを使いたいとお皿を注文し、きれいでおしゃれな寝巻きもたくさん買う。
この最後の文を読むとそこにいたるまでの生きる(死ぬ?)覚悟がフラッシュバックして考えさせられます。
佐野洋子は昨年亡くなったので、抗がん剤を拒否し延命治療を拒否しても、満足できる生活を送ったことで2年余りは生きていたというこからで、延命効果は抗がん剤よりも強かったのでしょう。
ここで書いているように癌という病気は余命を知ることができ、リューマチとか脳梗塞とか痴呆なんかと比べたらいい病気かもしれません。それに抗がん剤の効果は確かなエビデンスとしては、よく効くと言われている薬で数ヶ月とかの延命効果ということを読んだ記憶がある(間違っていたらすいません)。苦しい治療を無理してするより運命と受け入れて好きなように生きたほうが延命効果は高いかもしれません。最も70歳前だと進行も結構早いし、なかなか割り切れないのでしょう。人のことなら割り切れても自分のことになれば煩悶しまくるのが目に見えています。
佐野洋子も書くことが出来なくなったときはかなり動揺していたと息子が新聞に書いていた記憶です。
亡くなって半年あまりですが、もうこんな歯切れのいいエッセイが読めないのは非常に残念です。
コメント
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