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ブラタモリで見た二つの法隆寺「聖徳太子がつくった1400年の若草伽藍!」

2020年04月15日 | ブラタモリ
下書きのタイトル名で投稿のため、タイトル名を変更しました。
ブラタモリで見た法隆寺に「聖徳太子が初めてつくった法隆寺がありました!」
→ブラタモリで見た二つの法隆寺「聖徳太子がつくった1400年の若草伽藍!」


2018年4月から林田理沙アナウンサー(5代目)でしたが
今月から、浅野里香(あさの りか)アナウンサー(6代目)になりました。


法隆寺と言えば創建された「聖徳太子」ですが

仏法興隆

聖徳太子は、仏教で国を治めるために「仏」の起点としたのが法隆寺でした。来年の2021年は、聖徳太子没後1400年の節目を迎えます。


中門の手前を右に曲がって、東大門の前に来ました。


右に見える門に入るようですが


普段は門が閉じられ、中に入れない所です。


中にはいると、先に大きな石が見えます。


その大きな石は「塔心礎」でした。


青色の範囲が塔で、右に金堂が建っていた規模だと考えられ


当時を再現すると、こんな感じだと想像されます。

聖徳太子が最初に建てたと思われる法隆寺は
創建から63年後の670年に悲劇がありました。


2004年の発掘操作から分かった悲劇とは・・・
発掘された中に激しく焼けている瓦などから
大規模な火災から消滅したと、明らかになりました。

最初の法隆寺の瓦・壁画の破片の一部から赤い色や白い色があることから
創建の法隆寺にも、金堂に絵が描いてあったことが分かりました。

若草伽藍(法隆寺の創建当時のものとされる伽藍。)

日本書紀に天智天皇9年(670)法隆寺焼失の記事があり、昭和14年(1939)現在の西院伽藍南東部から四天王寺式配置の伽藍跡が発掘されました。


法隆寺境内の地図から、聖徳太子の建てた法隆寺の位置が分かります。


法隆寺1400年の歴史は、聖徳大使の建てた法隆寺と
再建された1300年の法隆寺は、現存する世界最古の木造建築でした。

法隆寺には行きましたが、今朝からブラタモリ「法隆寺」を見ていて
まだ知らなかったことがいっぱいありましたので、明日へと続きます。(^^ゞ

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