小豆島は俺のおふくろの出身地で、俺が大好きな場所のひとつ。
小さい頃から何度も連れて行ってもらっては親戚の家に泊めてもらい、
海に泳ぎに行ったり、潮干狩りをしたりした。麺と醤油が名産で、どこ
の家も必ず素麺やうどんでもてなしてくれ、またその麺が無茶苦茶に
うまい。港はどこもものすごい醤油の臭いがして、その臭いで小豆島
にきたことを感じることができた。
大人になってからも何度か行ったが、いつ行っても人は素朴で優しく、
心が洗われる場所だ。
たくさんの親戚の家に行ったが、一番多く行ったのはやはりおふくろの
実家。そこは、道路一本隔てたら海というところで、泊めてもらった時
は、夜中にものすごい数のカニが部屋に入ってきてえらく驚いたことも
あったし、トイレが外にあり、夜中にトイレに行くときは、あまりの恐ろし
さに完全に目が覚めてしまったこともあった。
昔の田舎の家やから当然子だくさんで親戚も多く、お袋の兄弟の子
供が一緒に暮らしたりしてて、もう俺には誰がどういう関係の人なんだ
かさっぱりからない状態やったけど、みんなすごく仲がよくて、誰もが家
族同様に暮らしていた。
そういう様々なこと全てに何ともいえない味があり、忘れられない思い
出になっている。
今日、そこでおふくろと一緒に暮らしていたおふくろの姉さんの息子さん
が亡くなったという訃報が届いた。
享年53歳。難病で具合が悪いとは聞いていたけど、おふくろにとっても
俺にとってもショックな若すぎる死。ましてや、残された家族の方にとって
はなおさらのことやったやろう。
亡くなられた息子さんとは年が近いせいもあり、俺が小豆島に行った時
はよく一緒に遊んでもらったし、大阪に来た時は家に寄ってくださった。
家族皆で小豆島にキャンプに行った時、大雨に見舞われたことがあった
んやど、その時、家族4人を気持ちよく迎えてくださり、手料理でもてな
してくださった。とても男前で俺にとってはなんか自慢の兄さんみたいな
人やった。
おふくろから見ると甥とおばさんという関係になるんやけど、年の離れた
お姉さんの子供なので通常の甥とおばの関係よりも年が近づいていた
ため、おふくろは姉さんと呼ばれていたらしい。
そのおふくろは年をとって、お葬式に行きたくても行けない。当然息子
である俺と嫁が行くことになるんやけど、ご遺族に自分達の気持ちは
伝えられても、その人に姉さんと呼ばれていたおふくろの悲しみを伝え
ることはできない。
狭い日本の小さな島で一緒に育った家族が最後は遠く離れて、葬式
ですら顔を会わすことができないということがよけいに悲しみを募らせる。
叶うならせめて、過ごしやすくなった頃におふくろを連れて小豆島を訪
ねたいと思う。