2016年4月18日、山形県の鶴岡市、酒田市をいろいろ見て
歩きました(この日も実際は前日からの続きでした)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/fc/e0dbe650a96ee3e863e88734037ae52c.jpg)
最初に訪れたのは、鶴岡市街から酒田市へ向けて、
112号線を海方向へ走った所の善寶寺でした。
龍神様のお寺として有名な曹洞宗のお寺です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/da/d4ad7b871ca1e74b5d72e969bd70c8b9.jpg)
参道を入ってすぐの所に大きなお地蔵様が立っていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/f6/6f2e8f9c46f33e00e9269c9e5815570e.jpg)
反対側に五重塔が見えました。前日の羽黒山の五重塔と
比べても、遜色はありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/4f/f010cc65f546e03d90b1e3dd453f41b9.jpg)
総門です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/0b/319333f0ea0b1c478ad80ca49805c5b8.jpg)
鴨居部分に象の彫刻が施されていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/e0/a1f10cb583e63c6529ee96fb9eba15c6.jpg)
前へ進んで、こちらが山門。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/c9/92abd9108555c4d919df7245cee81315.jpg)
山門の手前右側に五百羅漢堂がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/cd/f976364a751824b82af6905fa96421d9.jpg)
中を覗くと、着色された羅漢様がいっぱいおられました。
また、清浄殿の額がかかっていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/f5/f6dce7d7a538f8a98e1aa74b4955d1e0.jpg)
山門には、通路を挟んでそれぞれが対峙する形で仏像が
立っていて、こちら(向かって右側)は毘沙門天。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/ca/5cf5f0dec896d2d1ef7e9983c54d4db9.jpg)
反対(同左)側は韋駄天でした。普通は網などが架かって
ていますが、ここはそのまま露出していてお姿をそのまま
お参りでき、それが大変いいな、と思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/48/d26b8a8ddd796e24588fe43e710090a1.jpg)
山門を潜って左側にあった大きな彌勒菩薩様。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/1d/ddef367e8334a97d4095be57122009b3.jpg)
本堂へは長い階段を上って行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/d5/29296269ab4017067f3bc90789af62f5.jpg)
こちらが本堂。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/09/4122ae2e5294c6fa5460669fddd893ae.jpg)
本堂の裏にあった龍王殿。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/37/f4fbbafc654416632dffcc14139acc04.jpg)
本堂の前を左側へ下った所の鐘楼の傍に、ヤマザクラ
でしょうか、きれいに咲いていました。
善寶寺を見た後、酒田市、実際は庄内松山藩のあった
松山町(住所は酒田市字新屋敷)へ向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/5e/0d6ab751abf6004e956d407b30dbae5b.jpg)
松山城跡は、現在松山歴史公園になっています。因みに、
松山藩は江戸期最後、桐生を領有していました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/3e/38c2f9148e7ee0153dcd0b47666f66b2.jpg)
全体に緩やかな勾配がついていて、塀に沿って下って
いきました。見えている門は、松山文化伝承館への入口
になっています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/cb/dc28b95a6297080324bbdb0c342fe5bd.jpg)
さらに下ってこちらの冠木門から中に入りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/13/306ef258943bcf70954aee42009cd2d9.jpg)
中に入ってすぐの様子。道の右手に大手門が見えました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/6c/503bbf9c759461820b0d295b93a0b21f.jpg)
こちらは、左手にあった馬出跡土塁。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/fc/1c8dbc379b51965f4ecafdebb616d2d5.jpg)
大手門側へ曲がって進みました。大手門左奥に見える
建物は、松山文化伝承館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/87/9cb1df692fbd1e918767f5fedcb69ca1.jpg)
大手門無手前右の水堀傍にきれいなサクラが咲いて
いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/dd/ba76c75b57a5339e15cb75c703d9b61f.jpg)
大手門を通り抜け、裏側から撮りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/7f/9d895f7868279a1e5d0bc7ae87c7d41c.jpg)
敷地を仕切る石垣。それらしく整備されていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/4a/0d590689171e271a9b6cf4f1874c3c6e.jpg)
一番上まで歩いてきて振り返って撮りました。この広場が
本丸跡みたいです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/f6/2627626145b8757e2f1ad64a2ca98658.jpg)
こちらは、一旦公園の外に出て、下って振り返って
撮ったもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/d8/273492c055511ac3e1e8d4fa43e5509b.jpg)
昔の堰みたいな感じがする堀もありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/94/28045a93a94e5be69dd1536a15da5678.jpg)
周りの城下町だったのではないかと思える一帯を歩いて、
また一番上まで戻ってきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/ed/07b48b61f00789b59a9ba34eff39b818.jpg)
角の所に、物見櫓跡の表示が立っていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/03/1c74125b54fcb118847c083b44558daf.jpg)
その角を真直ぐ進んで、大手広場の反対側(裏)にあたる
所にあった本丸の土手。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/2c/c9425c4f02a9494f3443d5740854e5ab.jpg)
また少し戻って、大手広場・文化伝承館の裏手方向から
撮った光景。
この後、酒田港近くの酒田市内中心街へ向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/c9/ac3aa52585243963ddc180b95879ae0a.jpg)
新井田川が酒井港へ注ぐ所にあった山居倉庫。米を入れる
ための倉庫で、全部で12棟あり、手前2棟が観光物産館
になっていました。写真は川に面した側。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/15/550647a1ef8df62a186dc6fdf6f738d2.jpg)
奥へ歩き始めた所に、舟の停留小屋がありました。この船
を川へ繰り出し、物流したのでしょうね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/a0/07b1f9c035b69321097aec869362a7e9.jpg)
中間地点まで歩いてきて、倉庫が途切れた路地へ入って
屋根を撮りました。二重構造の屋根が独特ですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/55/6e89787e96b1d34b919e0d72bf9f3df8.jpg)
これは12番目の倉庫で、庄内米歴史資料館になっていま
した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/3d/38d781f00f98b1f96c2e51014c26ffb1.jpg)
裏側へ回って、欅並木と一緒に撮りました。この風景も
趣がありますね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/9c/9b36d7701ce00070f46167112f55a828.jpg)
この後、川の反対側へ行って、大通りに面した本間家
旧本邸を撮りました。本間家三代光丘が庄内藩主酒井氏
のために建造した邸です。本間家は、「本間様には及び
はせぬが、せめてなりたや殿様に…」とまで歌で読まれる
程の豪商で、日本一の大地主でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/9d/941a3e899ef01c9851f7b4b7f0310e9b.jpg)
その庭の一部。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/32/50dafe78d9de8fd0f548400475c2f750.jpg)
こちらは大通りを挟んで反対側にあった別館。奥へ向けて
蔵などいっぱい建物が立ち並んでいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/87/4ff6bc799913716b4fed9bc200531a29.jpg)
こちらは旧鐙屋。廻船問屋で、酒田三十六人衆として町政
にも参画、江戸時代 の日本海海運の大きな役割を担った
家です。国指定史跡。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/5a/1bfbd052c0d6be67b40beb0cdd71762a.jpg)
続けて、山手へ向かって行き、こちらは海向寺。空海開基
といわれているみたいです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/59/b96715a025f69ea6f4de22efbb8a9d4c.jpg)
本堂脇にあった即身佛堂。庄内6体の内、2体の即身佛が
このお堂に祀られているのだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/56/b74577dca54c49590450cbf5c8254ba4.jpg)
続いて、海向寺に並んで位置する日枝神社へ行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/77/8da98357a196e1e211338492ca3c6ba1.jpg)
階段を上った所にあった光丘文庫。本間家の蔵書を中心
に、有志家による数万点の貴重な蔵書を集めて、大正時代
に建設されたもの。その後、市の図書館へすべてを寄贈。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/20/06d98d580db3f65f33ef93f5bd5bf6e3.jpg)
日枝神社社殿。この後気付いたのですが、ここまでどうやら
脇道から上がってきてしまったみたいでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/44/bbedf36abf8cbfc6b23633c7cc77de08.jpg)
社殿屋根を支えるサルの彫刻がありました。おもしろいで
すねー。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/ff/475273cacf17cbfeb5095bf6d8d19311.jpg)
階段を下りて、舞子坂と称される坂を歩いて行くと香梅咲
といった額を掲げたお店がありました。料亭なのでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/ce/bca716146213ae6ec2df8a296e9ca7d1.jpg)
その隣は、相馬樓といったこちらも料亭みたいで、舞子の
踊りが見られるみたいです。女将みたいな人がいたので話
を聞いたら、一見でも入れて、誰でも見られるとのこと。
時間がないので、飛ばしましたが…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/cc/7f522ace27dc7ded9d84a327ca7a9eb6.jpg)
少し横へ移動し、山王くらぶへ行きました。明治期に料亭
として建てられたもので、つるし飾り傘福などを展示して
います。二階の窓ガラスに見えているのが分かりますか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/4f/5043f38075d9abfc18048138a54b6812.jpg)
こちらはその先にあった上喜元という造り酒屋。
じょうきげん、と読むのでしょうね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/db/67b0cd86f2fba2da894b977c3be9bd0e.jpg)
山側へ戻った所の魚屋さんの店頭光景。鱒みたいで、群馬
では見られない光景なので、おもわず撮ってしまいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/18/dadad7847c49f228d6839136e8ff5950.jpg)
山の頂上にある日和山公園に移動、道路を挟んで反対側
のここが日枝神社の正面みたいでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/99/93ab866a71461253c9d1eb581ae070b7.jpg)
随神門です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/f7/8ee6fdd002f5934504095cf804d0c5cf.jpg)
近くにあった小幡という旧割烹。「おくりびと」の撮影に
使われたとか…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/b3/2d4531f1ea437d09cbc00e5e411a24a8.jpg)
日和山公園の入口。ここでもサクラまつりを開催中でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/60/e1917bf275443effc64d007f75cced8d.jpg)
公園内を真直ぐ進むとあった常夜燈。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/5d/a95dacc2c1d80498d03b87cb1e95d398.jpg)
さらにその先にあった展望台から、市の中心街の方向を
撮りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/1e/ca8d2cc4e337cc54dadf8cabdb7371d1.jpg)
こちらは、その反対方向で、六角の木造灯台の向こうが
海になります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/0f/3728b2f5e24e2a6a0d111c2f289f4a6e.jpg)
入口の方へ戻りかけたとき、皇大神宮の傍にあった錨。
海の中から引き揚げてきたものではないか、と想像します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/aa/66db6ae00ccad01247a166e083c71028.jpg)
日和山公園入口まで戻って、今度は下の広場の方へ
下りて行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/d5/62055a5d64a2f5f44794ddc8318c4b3b.jpg)
池に千石船が浮かんでいました。これで帆がついていれば
申し分なかったのですが…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/e0/de12e1ffc2e8e616737c5601c0ef59a5.jpg)
公園の反対側、日枝神社の横にあった旧白崎医院。どこ
にあるのかと車で探しに出かけたのですが、何ていうこと
はない、駐車していた場所からすぐの目の前にあったの
でした。大正期に建てられた酒田市唯一の木造洋風建築
ですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/79/a93be7c7f62a798aa4afd4c5c1d14d50.jpg)
中へ入ったら、受付の人が爆睡中、そのまま入口で写真
を撮っただけで、戻ってきてしまいました。
ここまでで山形のブラ歩きを終了。この後、6時間かけて
桐生へ戻ってきました。
酒田市も大忙しで見て回ってしまいました。もう少しゆっくり
歩き、町固有の雰囲気、文化を味わえたら良かったなと思って
います。それにしても、山形奥深いですね、歴史、生活、風俗
など群馬とは明らかに違いますね。またいつの日か、時間を
かけて回ってみたいと思いますが、叶うでしょうか?
歩きました(この日も実際は前日からの続きでした)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/fc/e0dbe650a96ee3e863e88734037ae52c.jpg)
最初に訪れたのは、鶴岡市街から酒田市へ向けて、
112号線を海方向へ走った所の善寶寺でした。
龍神様のお寺として有名な曹洞宗のお寺です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/da/d4ad7b871ca1e74b5d72e969bd70c8b9.jpg)
参道を入ってすぐの所に大きなお地蔵様が立っていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/f6/6f2e8f9c46f33e00e9269c9e5815570e.jpg)
反対側に五重塔が見えました。前日の羽黒山の五重塔と
比べても、遜色はありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/4f/f010cc65f546e03d90b1e3dd453f41b9.jpg)
総門です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/0b/319333f0ea0b1c478ad80ca49805c5b8.jpg)
鴨居部分に象の彫刻が施されていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/e0/a1f10cb583e63c6529ee96fb9eba15c6.jpg)
前へ進んで、こちらが山門。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/c9/92abd9108555c4d919df7245cee81315.jpg)
山門の手前右側に五百羅漢堂がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/cd/f976364a751824b82af6905fa96421d9.jpg)
中を覗くと、着色された羅漢様がいっぱいおられました。
また、清浄殿の額がかかっていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/f5/f6dce7d7a538f8a98e1aa74b4955d1e0.jpg)
山門には、通路を挟んでそれぞれが対峙する形で仏像が
立っていて、こちら(向かって右側)は毘沙門天。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/ca/5cf5f0dec896d2d1ef7e9983c54d4db9.jpg)
反対(同左)側は韋駄天でした。普通は網などが架かって
ていますが、ここはそのまま露出していてお姿をそのまま
お参りでき、それが大変いいな、と思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/48/d26b8a8ddd796e24588fe43e710090a1.jpg)
山門を潜って左側にあった大きな彌勒菩薩様。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/1d/ddef367e8334a97d4095be57122009b3.jpg)
本堂へは長い階段を上って行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/d5/29296269ab4017067f3bc90789af62f5.jpg)
こちらが本堂。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/09/4122ae2e5294c6fa5460669fddd893ae.jpg)
本堂の裏にあった龍王殿。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/37/f4fbbafc654416632dffcc14139acc04.jpg)
本堂の前を左側へ下った所の鐘楼の傍に、ヤマザクラ
でしょうか、きれいに咲いていました。
善寶寺を見た後、酒田市、実際は庄内松山藩のあった
松山町(住所は酒田市字新屋敷)へ向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/5e/0d6ab751abf6004e956d407b30dbae5b.jpg)
松山城跡は、現在松山歴史公園になっています。因みに、
松山藩は江戸期最後、桐生を領有していました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/3e/38c2f9148e7ee0153dcd0b47666f66b2.jpg)
全体に緩やかな勾配がついていて、塀に沿って下って
いきました。見えている門は、松山文化伝承館への入口
になっています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/cb/dc28b95a6297080324bbdb0c342fe5bd.jpg)
さらに下ってこちらの冠木門から中に入りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/13/306ef258943bcf70954aee42009cd2d9.jpg)
中に入ってすぐの様子。道の右手に大手門が見えました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/6c/503bbf9c759461820b0d295b93a0b21f.jpg)
こちらは、左手にあった馬出跡土塁。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/fc/1c8dbc379b51965f4ecafdebb616d2d5.jpg)
大手門側へ曲がって進みました。大手門左奥に見える
建物は、松山文化伝承館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/87/9cb1df692fbd1e918767f5fedcb69ca1.jpg)
大手門無手前右の水堀傍にきれいなサクラが咲いて
いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/dd/ba76c75b57a5339e15cb75c703d9b61f.jpg)
大手門を通り抜け、裏側から撮りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/7f/9d895f7868279a1e5d0bc7ae87c7d41c.jpg)
敷地を仕切る石垣。それらしく整備されていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/4a/0d590689171e271a9b6cf4f1874c3c6e.jpg)
一番上まで歩いてきて振り返って撮りました。この広場が
本丸跡みたいです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/f6/2627626145b8757e2f1ad64a2ca98658.jpg)
こちらは、一旦公園の外に出て、下って振り返って
撮ったもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/d8/273492c055511ac3e1e8d4fa43e5509b.jpg)
昔の堰みたいな感じがする堀もありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/94/28045a93a94e5be69dd1536a15da5678.jpg)
周りの城下町だったのではないかと思える一帯を歩いて、
また一番上まで戻ってきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/ed/07b48b61f00789b59a9ba34eff39b818.jpg)
角の所に、物見櫓跡の表示が立っていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/03/1c74125b54fcb118847c083b44558daf.jpg)
その角を真直ぐ進んで、大手広場の反対側(裏)にあたる
所にあった本丸の土手。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/2c/c9425c4f02a9494f3443d5740854e5ab.jpg)
また少し戻って、大手広場・文化伝承館の裏手方向から
撮った光景。
この後、酒田港近くの酒田市内中心街へ向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/c9/ac3aa52585243963ddc180b95879ae0a.jpg)
新井田川が酒井港へ注ぐ所にあった山居倉庫。米を入れる
ための倉庫で、全部で12棟あり、手前2棟が観光物産館
になっていました。写真は川に面した側。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/15/550647a1ef8df62a186dc6fdf6f738d2.jpg)
奥へ歩き始めた所に、舟の停留小屋がありました。この船
を川へ繰り出し、物流したのでしょうね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/a0/07b1f9c035b69321097aec869362a7e9.jpg)
中間地点まで歩いてきて、倉庫が途切れた路地へ入って
屋根を撮りました。二重構造の屋根が独特ですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/55/6e89787e96b1d34b919e0d72bf9f3df8.jpg)
これは12番目の倉庫で、庄内米歴史資料館になっていま
した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/3d/38d781f00f98b1f96c2e51014c26ffb1.jpg)
裏側へ回って、欅並木と一緒に撮りました。この風景も
趣がありますね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/9c/9b36d7701ce00070f46167112f55a828.jpg)
この後、川の反対側へ行って、大通りに面した本間家
旧本邸を撮りました。本間家三代光丘が庄内藩主酒井氏
のために建造した邸です。本間家は、「本間様には及び
はせぬが、せめてなりたや殿様に…」とまで歌で読まれる
程の豪商で、日本一の大地主でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/9d/941a3e899ef01c9851f7b4b7f0310e9b.jpg)
その庭の一部。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/32/50dafe78d9de8fd0f548400475c2f750.jpg)
こちらは大通りを挟んで反対側にあった別館。奥へ向けて
蔵などいっぱい建物が立ち並んでいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/87/4ff6bc799913716b4fed9bc200531a29.jpg)
こちらは旧鐙屋。廻船問屋で、酒田三十六人衆として町政
にも参画、江戸時代 の日本海海運の大きな役割を担った
家です。国指定史跡。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/5a/1bfbd052c0d6be67b40beb0cdd71762a.jpg)
続けて、山手へ向かって行き、こちらは海向寺。空海開基
といわれているみたいです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/59/b96715a025f69ea6f4de22efbb8a9d4c.jpg)
本堂脇にあった即身佛堂。庄内6体の内、2体の即身佛が
このお堂に祀られているのだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/56/b74577dca54c49590450cbf5c8254ba4.jpg)
続いて、海向寺に並んで位置する日枝神社へ行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/77/8da98357a196e1e211338492ca3c6ba1.jpg)
階段を上った所にあった光丘文庫。本間家の蔵書を中心
に、有志家による数万点の貴重な蔵書を集めて、大正時代
に建設されたもの。その後、市の図書館へすべてを寄贈。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/20/06d98d580db3f65f33ef93f5bd5bf6e3.jpg)
日枝神社社殿。この後気付いたのですが、ここまでどうやら
脇道から上がってきてしまったみたいでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/44/bbedf36abf8cbfc6b23633c7cc77de08.jpg)
社殿屋根を支えるサルの彫刻がありました。おもしろいで
すねー。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/ff/475273cacf17cbfeb5095bf6d8d19311.jpg)
階段を下りて、舞子坂と称される坂を歩いて行くと香梅咲
といった額を掲げたお店がありました。料亭なのでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/ce/bca716146213ae6ec2df8a296e9ca7d1.jpg)
その隣は、相馬樓といったこちらも料亭みたいで、舞子の
踊りが見られるみたいです。女将みたいな人がいたので話
を聞いたら、一見でも入れて、誰でも見られるとのこと。
時間がないので、飛ばしましたが…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/cc/7f522ace27dc7ded9d84a327ca7a9eb6.jpg)
少し横へ移動し、山王くらぶへ行きました。明治期に料亭
として建てられたもので、つるし飾り傘福などを展示して
います。二階の窓ガラスに見えているのが分かりますか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/4f/5043f38075d9abfc18048138a54b6812.jpg)
こちらはその先にあった上喜元という造り酒屋。
じょうきげん、と読むのでしょうね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/db/67b0cd86f2fba2da894b977c3be9bd0e.jpg)
山側へ戻った所の魚屋さんの店頭光景。鱒みたいで、群馬
では見られない光景なので、おもわず撮ってしまいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/18/dadad7847c49f228d6839136e8ff5950.jpg)
山の頂上にある日和山公園に移動、道路を挟んで反対側
のここが日枝神社の正面みたいでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/99/93ab866a71461253c9d1eb581ae070b7.jpg)
随神門です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/f7/8ee6fdd002f5934504095cf804d0c5cf.jpg)
近くにあった小幡という旧割烹。「おくりびと」の撮影に
使われたとか…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/b3/2d4531f1ea437d09cbc00e5e411a24a8.jpg)
日和山公園の入口。ここでもサクラまつりを開催中でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/60/e1917bf275443effc64d007f75cced8d.jpg)
公園内を真直ぐ進むとあった常夜燈。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/5d/a95dacc2c1d80498d03b87cb1e95d398.jpg)
さらにその先にあった展望台から、市の中心街の方向を
撮りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/1e/ca8d2cc4e337cc54dadf8cabdb7371d1.jpg)
こちらは、その反対方向で、六角の木造灯台の向こうが
海になります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/0f/3728b2f5e24e2a6a0d111c2f289f4a6e.jpg)
入口の方へ戻りかけたとき、皇大神宮の傍にあった錨。
海の中から引き揚げてきたものではないか、と想像します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/aa/66db6ae00ccad01247a166e083c71028.jpg)
日和山公園入口まで戻って、今度は下の広場の方へ
下りて行きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/d5/62055a5d64a2f5f44794ddc8318c4b3b.jpg)
池に千石船が浮かんでいました。これで帆がついていれば
申し分なかったのですが…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/e0/de12e1ffc2e8e616737c5601c0ef59a5.jpg)
公園の反対側、日枝神社の横にあった旧白崎医院。どこ
にあるのかと車で探しに出かけたのですが、何ていうこと
はない、駐車していた場所からすぐの目の前にあったの
でした。大正期に建てられた酒田市唯一の木造洋風建築
ですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/79/a93be7c7f62a798aa4afd4c5c1d14d50.jpg)
中へ入ったら、受付の人が爆睡中、そのまま入口で写真
を撮っただけで、戻ってきてしまいました。
ここまでで山形のブラ歩きを終了。この後、6時間かけて
桐生へ戻ってきました。
酒田市も大忙しで見て回ってしまいました。もう少しゆっくり
歩き、町固有の雰囲気、文化を味わえたら良かったなと思って
います。それにしても、山形奥深いですね、歴史、生活、風俗
など群馬とは明らかに違いますね。またいつの日か、時間を
かけて回ってみたいと思いますが、叶うでしょうか?