チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 16

2018年09月11日 08時30分00秒 | 日記
別所温泉での小岩井さんとの話は夜を徹した
世界の中の日本というものに目を向けさせてくれた
着物をつくるというだけの仕事が
ここまで世界を広げていくのかと興奮した

例えば
明治政府が行った養蠶の簡略化と在来種の育成の劣化
糸を動力機で作ること
糸が大量生産に向かっていく状況で養蚕農家の離農が始まる

戦後民主主義と言う世の中になったが
すべてが大きな企業に飲み込まれていき
やはり搾取する側とされる側の対立構造になってしまったこと

しかし
昔の金持ちは「文化」にお金をつぎ込むことが国を豊かにすると確信して
「手仕事」の価値を認め応援した

日本人の手仕事は「美術品・芸術」の域にある
その美がわかるためには使ってみること
「あなたはお若いのにこういう産地の手仕事を世に広めるという心がけが本当に尊いと思う。私はとても嬉しいし、あなたのこと大好きになりましたよ」

褒められて舞い上がってしまう私

大人の話をしている自分がなんだか別人のように見えて落ち着かなかったのだが
にわかに成長している自分に面映いものを感じた

そうか
私は日本の手仕事の尊さを伝えていくという心がけで仕事をしていけばいいのだ
と自分の仕事への姿勢を教えてもらった

温泉に何回も浸かり
山の幸にお腹を喜ばせたくさんのおしゃべりをして
「着物が持つ社会性」について考えさせられもした

今から6年前その時別所温泉で撮した写真を
上田で講演をした私に小岩井さんのお孫さんが届けてくれた
参加者に回したら「へ~~~」と驚かれ微笑まれた
流行の洋服を着て賢そうな顔をして収まっていた

山崎さんといい小岩井さんといい
地味な手仕事を続けながらも社会の動きの中でご自身の仕事の有り様をしっかりと見据えている
こういう方を「足が地についている」というのだと思った
その後もこのような先輩たちに私は「着物と社会性」について学ぶことになる

温泉で癒やしたからだと
社会に役立つページを作るという使命感に燃えた私は
カメラマンが到着するやいなや(お茶も飲まさず、いきなり働く女になっている)
手織り機にかかった経糸のアップ
そして畳の上に転がした数十点の反物の山

縞張や整経の手順そして織る人の姿
といっきにやや硬い真面目なページ作り
カメラマンの身体が硬直しているのを感じ(お腹が空いてるんだ)
なんとなく楽しそうでないので
千曲川に降りて川をバックに反物の撮影をして空気感をページの中に織り込んだ

そこに小岩井さんがお重におむすびやら煮物漬物を入れて持ってきて
カメラマンの喜ぶまいことか
ピクニック気分の撮影風景

上田紬は縞柄が主流
後に江戸時代「上田柳条(しま)」として上田の平織りの紬が一世を風靡したという古文書を見たのは
その日から30年後 (続く)






コメント
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