学力向上に必要なのは競争や格差なくすこと (尾木直樹・教育評論家解説)
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オッリぺッカ・ヘイノネン「学力世界一」がもたらすもの (NHK未来への提言) |
世界トップの学力で有名なフィンランドの視察から、私はつい先日帰国 した。「学力向上」に力を注ぐ日本は、深く学ぶ必要がありそうだ。その 手助けとなる好著が、「NHK未来への提言」シリ-ズの一冊、「オッリ ペッカ・ヘイノネン『学力世界一』がもたらすもの」である。著者のヘイノ ネン氏は、学力世界一の礎を築いた教育大臣であり、就任当時は29 歳の若さであった。「教育で大切なのは機会の平等です。その基礎が あって初めて世界の頂点に立てる高い水準の人材を育成することがで きます。教育はいわば<投資>です。国の競争力に関わる問題なの です」と、彼は語る。その言葉通り、フィンランドは学力だけでなく、経済 競争力でも常に世界のトップに位置している。その彼に東大教授の佐 藤学氏がインタビュ-を試みた著作である。「教育の質をよくするために は、とかく中央からのコンとロ-ルか゛なされがちなのですが、フィンラン ドでは教師や生徒や保護者の自主性、主体性を支える形で改革が行わ れた」と評価。ヘイノネン氏は、「教育と人間の成長を手に入れるために は経済成長を忘れること」が必要という。教師と生徒に向けては「自分 の頭で考え、心で感じたことを信じること」「創造力を引き出し、モチベ- ションを高め、彼らが内なる洞察力を手にする」ことが学力向上につなが ると強調。人は「学校のために学ぶのではなく、人生のために」学ぶの だと格言を引用する。一方の佐藤氏は、フィンランドには教育現場への 思い切った裁量権の委譲と考える力を育てるための工夫があったと指 摘する。そして自分の力を信じ、自ら考え、答えを見つけ出せる人間に 育ってほしいというヘイノネンの願いを紹介する。
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平等社会フィンランドが育む未来型学力 価格:¥ 1,890(税込) 発売日:2007-05 |
このような論議を補強し、各論を展開するのが、日本で初めてフィン ランド人自身が書いた「平等社会フィンランドが育む未来型学力」で ある。フィンランドの教育力を支えているのは次の13の特徴という。
- 「教えること」から「学ぶこと」への転換と通知表のない小学校
- 子ども参加の学校づくり
- 休暇がいっぱいの学校生活
- 少ない授業時間に通学時間制限
- 学校と家庭の協力効果
- 義務教育から大学院まで完全無償
- 地域間格差のない学校教育
- 競争と差別のない平等な教育
- 教師の専門性の高さ
- 学校が社会参加を育む
- 自冶体ごとに運営する教育制度
- 学校委員会の活動
- 就学前教育制度
一方、日本は徹底した注入と訓練主義的な方法に力を入れ、子ど も抜きで学校づくりを進め、夏休みの短縮までして授業時間数を増 やす。親はモンスタ-ペアレントと化し、行政は弁護士や警察のOB からなる「学校問題解決支援チ-ム」で対抗。大学で四年間勉強す るには入学金と授業料で四百万前後はかかり、熟代もばかになら ない。すべてにおてフィンランドとは逆の方向に向いていないか。新 たに全国一斉学力テストまで導入。「競争」と「淘汰」によって学力を 上げようとする日本。本当にこれで大丈夫かという心配に対して、 しっかり展望を示してくれる好著である。