今日の朝のWGNニュースは、昨日起こったイリノイ州ディカーブのノーザン・イリノイ大学(NIU)での銃乱射事件一色だ。先ほど9時過ぎに、大学内で学長や学内のポリス・チーフの記者会見が行われた。
犯人は、エルク・グローブ・ビレッジで育った27歳のごくごく普通のアメリカ人の青年。去年の春学期までNIUの大学院の社会学部に在籍していたが、イリノイ大学のアーバン・シャンペーン・キャンパスに移っていた。ポリスチーフによると、成績がすごいく良い、(アウトスタンディングをいう言葉を使っている)ストレスのない、決してこんなことをするようなタイプではない学生だったという。犯人の写真もニュースで公表されたが、とても殺人を犯すようなタイプに見えない。
「2週間前に飲んでいた薬を飲むのをやめてから、とっぴな行動とるようになった。」とポリスチーフは言っている。どんな薬を飲んでいたかは、公表されていない。昨日の報道では、3丁の銃を使われたと言っていたが、実際は、1丁のショットガンと3丁のハンドガンが使われた。シャンペーンのガンディーラーから、そのうちの2丁の銃を法的な手続きをして、自分の名前で購入している。こんな簡単に学生が銃を購入できるシステム自体が問題であるともいえるのではないか。
大学構内のトイレに人種差別がらみの脅しのいたずら書きとは、関係がないと発表された。
去年、バージニア工科大で起こった事件では、32人の罪もない学生を射殺して、韓国系学生が自殺した。彼が事件前に撮っていたビデを見ると、人種差別を含めた社会に対する怒りが明らかだった。しかし、今回は、普通の白人のアメリカ人だ。ごく普通の同じクラスにいる隣に座っているようなアメリカ人。もしも、私たちが通っている大学にも同じように殺意を抱いている学生がいたら・・・そう思うと、大学に通うのもこわくなる。
2005年3月、ハーパー・カレッジで、成績も素晴らしく、オーナーズソサイアティという成績のいい学生が属するサークルにも在籍し、積極的にボランティア活動にも従事していたローレンという女学生が、ダウンタウンのミシガン湖で自殺した。聡明で美しいローレンのことをよく知っていた教授、ウィルソン氏のそのときの憔悴しきった様子を今も覚えている。その時の自殺と今回の事件とは、内容は違うが、外見は、華やかで楽しそうに見えるアメリカ人の学生たちの内面の奥底には、さまざまな苦悩が押し込められているのだろうか。
いつも、私たちのデッサンのクラスの教授ペリーが、冗談を交えながら、一人一人の学生に呼びかけ、「元気かい?昨日は何をした?」としつこく様子を聞く。何か気になる答えの学生には、授業中でも熱心に話しをする。アートのクラスだから、こんなこともできる。一見、無駄な時間にみえても何かを吐き出すきっかけになるのではないかとも思わせる。
記者会見で、NIUの学長が、「犠牲者の家族、学生たち、コミュニティの人々が国内あるいは世界の人々の助けを借りて、手を携えて、この危機を乗り越えよう。」と呼びかけていた。昨日の惨劇から、必死で逃げ助かった学生たちのその時の恐怖と心の傷は、想像もつかない。
アメリカの大学は、あらゆる人種のあらゆる年齢の人々に開かれ、自由な雰囲気で勉強ができるのが最大の魅力なはず。すべての教室に鍵をかけるわけにもいかない。その大学に自分の将来を託して、毎日学生たちは、勉強に励む。アメリカの大学が安全な場所になるように強く願う。私たちもディカーブのNIUのキャンパスに心をはせて、犠牲者の冥福を祈りたい。
犯人は、エルク・グローブ・ビレッジで育った27歳のごくごく普通のアメリカ人の青年。去年の春学期までNIUの大学院の社会学部に在籍していたが、イリノイ大学のアーバン・シャンペーン・キャンパスに移っていた。ポリスチーフによると、成績がすごいく良い、(アウトスタンディングをいう言葉を使っている)ストレスのない、決してこんなことをするようなタイプではない学生だったという。犯人の写真もニュースで公表されたが、とても殺人を犯すようなタイプに見えない。
「2週間前に飲んでいた薬を飲むのをやめてから、とっぴな行動とるようになった。」とポリスチーフは言っている。どんな薬を飲んでいたかは、公表されていない。昨日の報道では、3丁の銃を使われたと言っていたが、実際は、1丁のショットガンと3丁のハンドガンが使われた。シャンペーンのガンディーラーから、そのうちの2丁の銃を法的な手続きをして、自分の名前で購入している。こんな簡単に学生が銃を購入できるシステム自体が問題であるともいえるのではないか。
大学構内のトイレに人種差別がらみの脅しのいたずら書きとは、関係がないと発表された。
去年、バージニア工科大で起こった事件では、32人の罪もない学生を射殺して、韓国系学生が自殺した。彼が事件前に撮っていたビデを見ると、人種差別を含めた社会に対する怒りが明らかだった。しかし、今回は、普通の白人のアメリカ人だ。ごく普通の同じクラスにいる隣に座っているようなアメリカ人。もしも、私たちが通っている大学にも同じように殺意を抱いている学生がいたら・・・そう思うと、大学に通うのもこわくなる。
2005年3月、ハーパー・カレッジで、成績も素晴らしく、オーナーズソサイアティという成績のいい学生が属するサークルにも在籍し、積極的にボランティア活動にも従事していたローレンという女学生が、ダウンタウンのミシガン湖で自殺した。聡明で美しいローレンのことをよく知っていた教授、ウィルソン氏のそのときの憔悴しきった様子を今も覚えている。その時の自殺と今回の事件とは、内容は違うが、外見は、華やかで楽しそうに見えるアメリカ人の学生たちの内面の奥底には、さまざまな苦悩が押し込められているのだろうか。
いつも、私たちのデッサンのクラスの教授ペリーが、冗談を交えながら、一人一人の学生に呼びかけ、「元気かい?昨日は何をした?」としつこく様子を聞く。何か気になる答えの学生には、授業中でも熱心に話しをする。アートのクラスだから、こんなこともできる。一見、無駄な時間にみえても何かを吐き出すきっかけになるのではないかとも思わせる。
記者会見で、NIUの学長が、「犠牲者の家族、学生たち、コミュニティの人々が国内あるいは世界の人々の助けを借りて、手を携えて、この危機を乗り越えよう。」と呼びかけていた。昨日の惨劇から、必死で逃げ助かった学生たちのその時の恐怖と心の傷は、想像もつかない。
アメリカの大学は、あらゆる人種のあらゆる年齢の人々に開かれ、自由な雰囲気で勉強ができるのが最大の魅力なはず。すべての教室に鍵をかけるわけにもいかない。その大学に自分の将来を託して、毎日学生たちは、勉強に励む。アメリカの大学が安全な場所になるように強く願う。私たちもディカーブのNIUのキャンパスに心をはせて、犠牲者の冥福を祈りたい。