万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国が中国陣営には入れないもう一つの理由-食糧安全保障

2020年06月08日 10時49分15秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスのパンデミック化のみならず、香港への国家安全法の施行問題により、目下、国際社会における中国の孤立は深まっております。医療物資の供与や医療支援の戦略的展開を軸とした、所謂‘マスク外交’も、その背後の意図を疑われ、素直に受け取る諸国も数えるばかりです。逆風が吹き荒れる中、中国は、孤立回避策として日本国に秋波を送っているようにも見受けられます。
 
  一方、日本国側でも、自公政権の親中方向への急旋回が日本国民に不安を与えております。中国の‘代理人’とも目される二階幹事長や公明党等の親中派の政治家、並びに、中国市場から利益を得ている民間企業は、国民世論を無視してでも、日米同盟の解消、並びに、中国陣営への参画を進めるかもしれません。仮にこのような事態が起きれば、日本国の民主主義も内部から切り崩されることとなるのですが、日本国は、アメリカの同盟国であり、かつ、自由、民主主義、法の支配といった諸価値を尊重する国家であり、基本的な価値観からして違います。一党独裁体制を堅持している中国が、少なくとも日本国民にとりましては、到底組めない相手であるのは言うまでもありません。その一方で、もう一つ、日中同盟が成り立たない重要な理由があるように思えます。

 今般の新型コロナウイルス禍で明らかとなった点は、マスクや防護服といった医療物資を中国に依存するリスクです。感染病の拡大等により、国民多数が医療物資を必要とする局面では、こうした製品の供給ストップは、国民の命を危うくします。実際に、医療物資の一大生産国であった中国が一時的にではあれマスク等の輸出を禁止したため、日本国を含めて世界各国で深刻な品不足が生じ、パニック状態に陥りました。

 こうしたコロナ禍で発生した出来事は、有事に際して予測される経済封鎖の危機を示唆しています。言い換えますと、国民の命に関わるような物資が不足したのでは、戦おうにも戦えないのです。高齢世代の人々は、既に第二次世界大戦にあってこの経験しているのですが、米中対立が第三次世界大戦へと発展しかねない状況にあって、この点は、重要な政策決定の判断材料となりましょう。

 コロナ禍の経験からしますと、中には、マスクや医療物資の大量生産・大量輸出で見せたその高い生産力から、中国と組むべきと考える人もあるかもしれません。しかしながら、米中対立にあって内製化を急ぎながらも、産業の‘コメ’とも称される半導体一つ取りましても、中国は未だに海外からの輸入に依存しています。また、医療物資についても、コスト面で有利なために製造拠点が中国に集中したに過ぎず、中国が、特別な技術を有しているわけでもありません。工業製品の分野では、たとえ中国が禁輸措置を以って経済封鎖を試みようとしても、国内生産、あるいは、他の国での代替生産が可能ですので、その効果は限定されているのです。また、中国は石油の世界最大の輸入国でもあり、レアアースを別とすれば、戦時の戦略物資、並びに、生産に要する鉱物資源を自給できるわけでもないのです。

 それでは、食糧はどうでしょうか。2013年末から中国は、食糧不足を背景として従来の「95%の食料自給率の維持」の原則を転換し、農産物の輸入拡大に転じています。この結果、中国は、コメやムギ等の主食となる穀物は凡そ自給しているとはいえ、大豆については既に13%程度にまで自給率が低下し、その大半を輸入に頼るようになりました(主たる輸入先はブラジル、アメリカ、アルゼンチン…)。近年、食糧自給率の低い日本国からも農産物を輸入するに至ったように、14憶の人口を抱える中国は、国民の生活水準の一般的な向上と都市人口の増加も相まって世界最大の食糧輸入国となったのです。

目下、米中両国間にあって大豆の輸出入の行方が注目を集めていますが、有事に際して両国間の大豆取引が遮断された場合、不利となるのは中国側となりましょう。アメリカが太平洋を海上封鎖すれば、中国は、ブラジルやアルゼンチンからも調達できなくなります。大豆油を絞った残りの大豆ケークは家畜飼料として使われていますので、大豆の輸入が途絶えれば、中国国民の多くは、豚肉を食材とする伝統的な家庭料理さえ食することさえ難しくなるのです(もっとも、特権的な共産党員や富裕層は入手できるのでしょうが…)。

このことは、仮に日中同盟が成立した場合、有事に際して日中両国とも食糧難となる可能性を示しています。つまり、食糧安全保障の観点から見ても、日中同盟は成り立たないのです。第二次世界大戦末期のように日本国民が飢餓に苦しむ状況に至っても、‘同盟国’である中国からの食糧支援は望み薄です。否、むしろ逆に中国側から食料提供の‘要請’を受けるかもしれません。食料面における中国の脆弱性に鑑みれば、世論を無視した日本国政府による中国陣営への背信的な乗り換えは、最悪の選択となるのではないかと思うのです。


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