万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

暴露は‘後出しじゃんけん’にならないように―ボルトン氏の回顧録

2020年06月25日 12時30分34秒 | 国際政治

 『新約聖書』は「黙示録」を以って最後のページを閉じます。日本語では、‘黙示’という暗示的な表現で訳されていますが、英語では‘Revelation’ですので‘暴露’のニュアンスに近くなります。暴露とは、人類の運命を決するほどの重要な行為であるのかもしれません。

 今日も、トランプ政権下にあって国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ロバート・ボルトン氏が政権の内幕を暴く回顧録を出版し、その暴露がアメリカのみならず、全世界に波紋を広げています。報道によりますと、‘中国の習近平主席に自身の再選の支援を依頼した’、‘北朝鮮の金正恩委員長をホワイトハウスの招こうとした’、そして日本国関連では、‘在日米軍の駐留費負担の増額要求した’といった内容なそうなのですが、何れも‘俗物’として描かれてきたトランプ大統領のイメージとはそれ程かけ離れてはおらず、想像をはるかに超える‘暴露’ではなかったようです(同大統領は、習主席や金委員長への個人的な好意を隠してはおらず、‘トランプ大統領ならばあり得る’と皆が思ってしまうレベルでは…)。トランプ大統領が、表向きは鼻持ちならない‘俗物’を演じながら、裏での真の姿が清廉潔白、かつ、無私の心で国民に奉仕する聖人のような人物であったとする暴露の方が、余程、衝撃的であったかもしれません。

 何れにしましても、ボルトン氏の暴露は、次期大統領選挙にも少なからぬ影響を与え、民主党のバイデン候補を有利に導くものと予測されています。そして、暴露が大統領選挙の行方を左右すればこそ、暴露にも一定のルールを要するようにも思えます。何故ならば、共和・民主両陣営ともに候補者が凡そ固まった段階での暴露であるからです。仮に、今般のボルトン氏の回顧録の出版により、トランプ大統領に対する支持率が急落するとなりますと、大統領選挙の実施を待たずして、自動的に民主党・バイデン候補の当選が確定してしまいます。

すなわち、二者択一を迫られることになった共和党支持者を含む多くのアメリカ国民は、トランプ大統領を選ぼうにも選べず、致し方なくバイデン候補に投票するか、あるいは、棄権するしかなくなるからです(もっとも、制度上は、両党以外からの立候補も可能…)。仮にこうした展開となれば、2020年の大統領選挙は、国民には不満の残る結果となりましょう。国民は、自らの選挙権を行使する機会を失ったに等しく、事実上、国民の政治的自由が損なわれてしまうのです。ボルトン氏の回顧録出版の背景には、トランプ大統領の再選を阻止したい民主党側の思惑が潜んでいることは容易に推測し得るのですが、国民の選択肢を失わせる形での暴露は、国民にとりましては、‘後出しじゃんけん’になりかねないのです。

暴露とは、事実に基づいた情報の公開なのですから、それ自体は、推奨されるべきものです。『新約聖書』の意図するところも、人類は真実を知るべき、ということなのかもしれません。むしろ、情報隠蔽の方が罪深く、特に政治にあっては、それは権力の私物化やあらゆる腐敗・汚職の温床ともなってきました。ですから、暴露自体は、それが国家機密に触れない限りは許されるべきなのですが、暴露の時期については、国民から政治的な選択の自由を奪わないよう配慮すべきではないかと思うのです。とりわけ、アメリカの大統領選挙のように共和・民主の一騎打ちとなるような二者択一の選挙形態では、選挙を実施する意味まで失わせてしまいます。この点に鑑みますと、暴露の時期は、各党の候補者が一人に絞られない前のできる限り早い段階とすべきですし、また、候補者に関する情報不足が政治の劣化原因であるならば、有権者が候補者に関する情報により広くアクセスできる環境こそ整えるべきかもしれません(情報化社会とされながら、日本国を含め、政治家に関する情報はあまりにも少ない…)。

 今後、ボルトン氏の回顧録がトランプ大統領の支持率にどれ程の影響を与えるのかは未知数ですが、‘棚から牡丹餅式’の‘バイデン大統領’の誕生にも、どこが危うさを感じます。ライバルの自滅を画策する民主党の戦術をアンフェアと見る国民がいれば、民主党も無傷ではいられなくなりますし、バイデン候補の真の姿を知ろうとする国民も現れることでしょう。もっとも、大統領選挙のスケジュールでは、共和党は正副大統領候補を8月24日から27日にかけて開かれる全国党大会において正式に指名する予定ですので、共和党が現職のトランプ大統領とは別の人物を候補者に指名することは不可能ではありません。しかしながら、同大会の開催までに残されている時間は、僅か2か月程しかないのです。果たしてアメリカ国民は、今般の事態をどのように捉えるのでしょうか。


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