報道によりますと、技術者を中心として日本人が中国に渡航するケースが見受けられるようになったそうです。いち早く経済を回復基調に乗せ、かつ、IT分野において世界をリードしたい習政権の意向を受けた、中国企業による技術者獲得の動きの一環のようですが、現地の日本企業による業務上のやむを得ない渡航もあるのでしょう。しかしながら、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、日本国内ではコロナ禍は、収束には至っておらず、また、第二波の到来も懸念されております。
日本人の中国への渡航に先立ち、中国政府は、韓国と共に日本国への渡航禁止措置の緩和を申し入れていたそうです。両国とも既にコロナ禍は終息しており、感染リスクが皆無に近いにも拘わらず、渡航が許されない状態は不適切であると…。同要請に対して日本国政府は否定的であり、先日発表された入国規制緩和対象国にも含まれていませんでした(緩和対象国は、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4か国…)。コロナ禍を通して中国政府が公表する数字は怪しく、同国の情報隠蔽体質を考慮しますと、‘感染者ゼロ’の発表にも懐疑的にならざるを得ません。日本国政府も、中国のコロナ危機は未だに完全には去っていないと判断したのでしょう(5月には遼寧省、吉林省、黒竜江省の3省において感染拡大の報告が…)。
かくして、日本国政府は、中国を渡航中止勧告を意味するレベル3に指定しているのですが、同勧告は強制力を伴う渡航禁止措置ではないため、中国への渡航を完全に止めることはできないそうです。実際に、3月から中国フライトが大幅に減便され、満席ではないとはいえ、日本系、並びに、中国系の航空会社とも、大連、上海、瀋陽といった主張都市への直行便は週1便程度には運航しています。すなわち、少なくとも日本国政府は、日本人の中国への渡航を全面的に禁止しているわけではないのです。因みに、中国は、米航空会社に対しては中国便の運航を停止する一方で、自国航空会社に対しては米国便を認めていたため、目下、米中間において、中国による米航空会社の運航再開申請の却下に対抗して、アメリカが中国系航空会社の米国乗り入れを禁止するという、制裁の応酬が起きています。
以上に、日本から中国への渡航を見てきましたが、その逆の中国から日本国への入国については、日本国政府は、中国を上陸拒否国に指定しており、一先ずは、厳格な水際対策を実施しています。とりわけ中国と韓国に対しては、過去(3月8日まで)に発給された査証(一次・数次)の効力も停止されており、上述した両国による日本国政府に対する規制緩和の要請にはこうした背景があります。もっとも、日本国の永住者や定住者の在留資格を有する中国籍の人々に対しては入国拒否対象から外しており、今日、これらの対象者だけでも凡そ30万人に上ります。言い換えますと、これらの人々は、日本人と同様に日中双方において入国の際にPCR検査や14日間の待機期間を課せられつつも、比較的自由に行き来することができるのです。
それでは、中国側はどうなのでしょうか。最初に中国政府による自国民に対する措置をみますと、新型コロナウイルスが発生し、パンデミック化の様相を呈した初期段階の1月27日に、団体旅行客を対象に出国禁止措置を採っています。ところが、それ以降、積極的に自国民の海外への渡航を禁止する講じた様子は見られません。日本国政府が入国禁止措置に至ったのも、中国政府が、個人の出国者に対しては何らの制限も課していなかったからなのでしょう。
次いで、海外からの入国者に対する措置を見てみますと、中国では、新型コロナウイルスの‘再上陸’を警戒し、外国人の入国にはことさらに神経をとがらせてきました。3月31日からは、これまでビジネスや親族訪問を目的に認めてきた15日以内の滞在者に対するビザなし渡航の措置も停止され、在日大使館や領事館、及び、東京と大阪に設けられている中国査証センターも業務停止状態にあります。とは申しますものの、在日中国大使館のホームページには、「葬儀、親族危篤等の緊急事由の人のために<優先ルート>を開通しています」とあり、特別の理由がある場合には、入国が許されているようです。既に5月中に日系企業の駐在員の凡そ140人に査証が発給されており、今後は、さらに拡大させる予定とも報じられています。
以上の日中両国政府による出入国の規制措置について概観してきましたが、どちらの国により高いリスクが認められるのか、と申しますと、それは、日本国の側のように思えます。中国が自国民の出国に対して全面的な禁止措置を採らなかった怠慢がパンデミック化の主要な原因なのですが、今日、同国は、出国規制の強化どころか、逆に自国民の渡航を後押しする姿勢を見せています。日本国側もまた、原則としては入国拒否の措置をとりつつも、永住者等の資格を有する在日中国人の往来のみならず、今後、中国政府が日本人に対する査証の発行数を増やすとしますと、帰国便の搭乗者としての中国からの入国者も増加することでしょう。上述した規制緩和の対象四か国に含まれてはいないものの、既に、日中間では、出入国制限が事実上緩和されているに等しいのです。
北九州市を中心に新型コロナウイルスの拡大が報じられていますが、もしかしますと、新型コロナウイルスの変異体が海外から持ち込まれた可能性も否定はできないように思えます(一日につき感染者が10名入国すれば、再度、緊急事態宣言の発令が必要との試算も…)。中国政府発の安全宣言は信用に足りず、かつ、政治の分野にあっても同国が香港に対する弾圧姿勢を強める中、日本国政府は、中国との人的な往来についてはより制限的であるべきなのではないでしょうか。