万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

共産国家中国が世界を無法化する―南シナ海問題

2020年06月28日 13時11分51秒 | 国際政治

 各国政府が新型コロナウイルス対策に忙殺される中、震源地であった中国は、南シナ海において着々と軍事拠点化を進めています。こうした中国の動きに対しては、各メディアとも‘実効支配を強めている’とする書き方が散見されるのですが、南シナ海問題につきましては、既に2016年7月に常設仲裁裁判所が国際法上の根拠がないとする判決を下しております。もはや‘実効支配’とは言い難く、国際法上の犯罪行為、あるいは、違法行為に等しいと言えましょう。法的根拠なくして一方的に武力で現状を変更しているのですから(国連憲章にも反する…)。

 とりわけ、中国の南シナ海における行為が懸念されるのは、同問題が南シナ海における領有権やEEZ等の権利を争う東南アジア諸国のみならず、国際法秩序に対する深刻な破壊行為であるからです。国家の領域に関する権利は、凡そその全てが国際法によって律せられています。二国間による国境画定条約によって国境線が確定しているケースもあるのですが、水域に関して今日基本的な法典となるのは、1994年11月に発効した国連海洋法条約です。現在、168か国が当事国に名を連ねており、アメリカは批准してはいないものの(尤も、アメリカは、その前身でもあり、かつ、今日なおも効力を有する「ジュネーブ海洋法4条約」は批准…)、中国をはじめ凡そ全世界の諸国が同条約の定める法秩序の下にあります。同条約は、領海、EEZ、大陸棚、島の制度から航海の自由の原則に至るまで、海洋に関するありとあらゆる規定を包括的に含んでいるからです。

 言い換えますと、国連海洋法条約が存在するからこそ、中国は、南シナ海において12カイリの領海やEEZの設定等を主張し得たとも言えます。しかしながら、中国は、常設仲裁裁判所が示した無根拠の判決を無視したのですから、全世界の海洋を律する国際法秩序そのものを否定したと言っても過言ではありません。そして、自らも依る国連海洋法条約に基づく法秩序を無視したことは、中国の暴力による南シナ海の占領という行為をも説明しているのです。

 こうした中国の暴力主義的な行動の根源を辿れば、所有権を否定する共産主義思想に行き着くのでしょう。権利とは、一般的に過去における正当な行為に基づいて生じるものであり、それ故に、法的な保護を要するのですが、共産主義者には、個々の私的な権利を承認し、それを保護しようとする意識は殆ど皆無です。この態度は、個人レベルのみならず国家レベルにおいても同様であり、他国の権利を尊重するどころか、‘あってはならないもの’と認識しているのかもしれません(この点、国境を敵視するグローバリズムとの親和性が極めて高い…)。暴力革命が是認されるように、中国にとりましては、‘共産主義の正義’、即ち、全世界の共産化のためには、他国の権利は暴力で奪っても構わないと見なしているのでしょう。

 文明と野蛮とを区別する基準の一つが法秩序の有無にあるとしますと、共産主義体制とは、人類の最終段階を自認しながら、その実、法なき野蛮な時代への回帰に他ならないように思えます。そして、現代の帝国とも称されるように、他国の権利を歯牙にもかけないその姿勢は、過去の歴代中華帝国とも共通しています。しかも、より悪質なことに、共産主義者は、全世界の共産主義化をも人類の歩むべき‘正しい未来’と決めつけているのです。

 このように考えますと、南シナ海問題は、東南アジア諸国との間の地域的な紛争に留まらず、全人類の未来に関わる重大な意味を持ちます。先日、中国民政省は、南シナ海に海南省三沙市の行政区 として「西沙区」と「南沙区」を新たに設け、近い将来あっては防空識別圏を設定するとも予測されています。中国の違法不法行為をこのまま放置しますと、中国に引き摺られ、全人類は、世界の無法化、即ち、暴力がものを言う世界に放り込まれてしまいましょう。時には、犠牲を覚悟しでも阻止しなければならないことも、この世にはあるのではないかと思うのです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする