万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

政府の通貨発行権とモラルハザードの問題

2020年06月14日 12時45分21秒 | 日本政治

 赤字国債の中央銀行による直接引き受け、つまり、事実上の政府紙幣の発行は、悪性のインフレ要因となると共に、政府のモラルハザードを招くとする批判があります。取引の決済や消費、及び投資等に要する量を越えて市中にマネーが供給されれば当然にインフレは発生しますし、政府は、財政赤字を懸念することなく歳入を無限大に確保できるのですから、ばら撒き体質が民間を含めた健全な勤労モラルを蝕むかもしれません。

その一方で、昨日指摘いたしましたように、今般のコロナショックのような金融・経済ショックにあって、通常の財政出動を以って対応すれば、天文学的な借金を政府が背負い込むこととなります。従来の財務省の基本的な立場は、財政赤字問題は増税を以って解決する、というものですので、国民の負担は計り知れません。ショックは一時的ではあったとしても、その負の遺産は、その後、数十年にも亘って国民を重税で苦しめ、かつ、景気を低迷させかねないのです。

この問題は、実のところ、‘日陰者’の扱いをされてきた通貨発行益、あるいは、政府の通貨発行権の問題と正面から向き合うことでもあります。確かに、中央銀行による通常の公開オペレーションとは違い、何らの義務を負うことなく無から有を生むが如くに政府が通貨を発行するのですから、古典的な会計学の常識からすればあってはならない手法です。その一方で、政府には、市中に必要な通貨量を滞りなく供給し、経済活動並びに国民生活を支える責務がありますので、政府による通貨発行権の行使は、必ずしも頭から否定できないように思えるのです。とりわけ経済危機にあって政府の財政規模を越えた救済ができないともなれば、その国の経済は壊滅的な状況に至ることとなりましょう。今般のコロナ禍にあっては、収入の道が経たれた家庭は困窮化し、資金繰りに窮した事業者は倒産するしかなくなります。

その一方で、現実を見ますと、中央銀行は、市中を介した間接的なものではあれ、大量の国債を買い入れています。つまり、懸念されているモラルハザードは既に起きているのです。今般、マスク配布に際しての特定事業者との随意契約や、コロナ対策費として計上された給付金支給手続き業務の委託をめぐり、行政事務の民間への階段状のアウトソーシングが問題視されていますが、行政事業費の肥大化を支えているのも、政府による‘事実上の通貨発行権’の行使にあります。言い換えますと、‘日陰者’、即ち、‘不正は手段’と見なされてきた故に、むしろ、‘通貨発行益’は、政府、並びに、政治家の関連事業者等に集中して分配されてきた側面もないわけではないのです(特別会計の問題とも類似…)。

このような現実からしますと、政府の通貨発行権については、それを‘日陰者’として白眼視するのではなく、正当なる政府の財政・金融手段の一つ見なす、という考え方があってもいいように思えます。正当な財源として認められれば、それを、国民の利益のために広く活用することもできます。この点、今般の国民一律10万円の給付や持続化給付金は、この方向性とは一致しているように思えます。そして、今後、議論すべき諸点は、正当な政策手段として認めた上で、上述した懸念が現実のものとならないための、政府による通貨発行権の行使に際しての条件、制限、使途の範囲等、あるいは、安全装置の在り方なのではないかと思うのです。

例えば、政府による通貨発行権の発動条件としては、経済・金融ショックの発生が想定されますし、こうしたショックも、バブル崩壊型と感染症型とに分けることもできます。発動の根拠としては、キャピタルゲインを狙った‘投機’によるバブリングが伴う前者よりも、無辜の人々が一方的に損害を被る後者により強い正当性が認められましょう(バブル崩壊に際しての消えたバブル分の完全補填は不可能…)。また、制限としては、産業構造の変化が付随する場合における給付期限の設定を挙げることができます。例えば、今般のコロナ禍のように、コロナ後にあっても衰退、あるいは、消滅が予測される産業については、予め推定した事業転換や転職に必要となる期間を給付期間として設定するのです。また、‘経済上の有事’ではなく、‘平時’においては、GDPの増加率を以って通貨発行額を決めるといった方法もありましょう(この場合、政府の歳入に組み入れる…)。

悪性のインフレを抑制する手段としては、今日では、政府による税制措置や中央銀行による売りオペや利上げ等もありますので、必ずしも‘タガが外れる’わけではありません。インフレの巧みなコントロールは、外国為替市場にあって円相場に悪影響を与えるリスクも低下させましょう。述べてきたように、上手にコントロールさえすれば、政府の通貨発行権の行使は、経済危機にあって最も有効な経済保全策であり、かつ、国民負担も軽い政策手段となり得ると思うのです。


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