万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

北京市集団感染ノルウェー産サーモン説の謎

2020年06月16日 12時19分05秒 | 国際政治

 中国では、習近平国家主席が早々と事実上の新型コロナウイルス禍の終息を宣言し、主要都市に敷かれていた厳格な封鎖措置が解除されたものの、北京市にあって集団感染が発生し、再度、感染が拡大する兆しを見せています。第二波の到来ともなりかねない様相なのですが、北京市の集団感染についてはノルウェー産サーモン起源説が唱えられています。

 ノルウェー産のサーモンを感染源とする説は、北京市最大の食品卸売市場である新発地において輸入海産物であるノルウェー産のサーモンを捌いた俎板からウィルスが検出されたことによります。同検査結果を公表したのは、同卸売市場の張玉璽会長であり、北京市当局、あるいは、中国政府の公式見解ではありません。しかしながら、サンプリングの検査を実施したのは北京市の関連当局とされていますので、同情報の公表には、少なくとも北京市の承認があったことだけは確かなようです。しかしながら、この情報、信じてもよいのでしょうか。

 同情報については、かのWHOさえ疑いの眼差しを投げかけています。その理由は、武漢での失敗が教訓となっているのかもしれません。テドロス事務総長に責任があるとはいえ、中国が提供する情報を鵜呑みにしたがために、新型コロナウイルスのパンデミック化を許し、全世界からバッシングを受ける失態を演じてしまったのですから。そして、今般のノルウェー産サーモン説についても、不審な点が幾つか見受けられるのです。

 第一に、仮にノルウェー産のサーモンが原因であったとすれば、同じサーモンを輸入した他の諸国でも同様の感染が発生しているはずです。中国が最大の輸入国ではありますが、同産品のノルウェーからの輸出総量に占める比率は10%ほどであり、残りの凡そ90%は日本国や北米を含め、世界各地に輸出されています。専門家によれば、サーモンといった魚類が同ウィルスに感染する可能性はゼロではないものの極めて低いとされており、梱包等の作業時に付着したとしても、中国のみに感染者が報告されるのは不自然です。

 第二に、何故、卸売市場であるのか、という点です。発生源であった武漢にあっても、公式に最初に感染者が確認されたのは海鮮市場でした。この時は、野生コウモリ起源説が最有力説でしたので、誰もが不自然には感じなかったのですが、その後、野生動物の取引は全面的に禁じられましたし、WHOも、食品による感染のリスクは低いとする見解をホームページにて公開しています。日本国の食糧安全委員会も、‘食品が感染経路となった科学的知見の報告はない’としていますので、仮に、ノルウェー産のサーモンが原因であればこれらの‘食品安全宣言’は覆されることとなるのですが、北京市当局が、敢えて卸売市場をターゲットとして検査を実施したのか、合理的な理由が見当たらないのです。

 そこで可能性として考えられるのが、中国側による印象操作です。北京における集団感染発生の原因が輸入食品にあるのであれば、武漢における第一波についても、その発生源は野生動物ではなく真犯人は‘輸入品’であったとするストーリーを、中国側は描きたいのではないか、という疑いが頭に浮かんでくるのです。アメリカをはじめ新型コロナウイルスの被害を受けた諸国では、中国に対して賠償請求を求める動きが活発化しています。責任追及から逃れるために、後付けであれ、中国には輸入食品起源説を唱える動機があるように思えるのです。

 もっとも、ノルウェー産のサーモンを扱った俎板に同ウィルスが付着していたとすれば、新発地のみならず、北京市一帯に既に感染が広がっている可能性も否定はできなくなります。この場合、新発地での集団感染の報告は氷山の一角に過ぎないこととなります。そして、中国政府が敢えて同地を発生地として選んだとすれば、そこには、上述した政治的意図が疑われるのです。

何れにいたしましても、今般の北京市の集団感染につきましては、中立的な機関による客観的な調査を要します。食品からの感染が確認されるとなりますとその影響は計り知れず、全ての食品の輸出入に際して非感染証明が要求される事態にもなりかねないからです。対応を誤りますと、全世界規模での食料不安、さらには、飢餓まで引き起こしかねないのですから、汚名挽回のチャンスともなるWHOのみならず、全世界の諸国は、中国に対して中立的な機関による調査の受け入れ、並びに、誠実なる情報の開示を強く求めるべきなのではないでしょうか。


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