万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

「ワクチンパスポート」のナンセンス

2021年07月02日 11時30分20秒 | 国際政治

 EUでは、いよいよ「ワクチンパスポート」の運営が開始されるそうです。メディアの解説によれば、夏季における観光地へのバカンス客の出足復活を期待しての導入とのことですが、その真の目的は、国民のデジタル管理の強化とする有力説もありますので、否が応でも人々の関心を集めています。日本国政府も、EUの動きに呼応するかのように7月末からワクチン接種証明の発行を行う方針を示していますが、「ワクチンパスポート」ほどナンセンスな制度はないのではないかと思うのです。

 

 第1の理由は、医科学的な見地からのものです。ワクチンパスポートの最大の欠点は、感染拡大防止の観点からしますと、ワクチンの接種は全く以って’安全証明’とはならない点です。その理由としては、(1)生成される中和抗体の量・質両面における個人差(免疫反応の弱いワクチン接種者が感染源となるリスク…)、(2)ワクチンによってもたらされる中和抗体や免疫力の短期消滅、(3)同一の人における接種時期による効果の違い(接種直後と半年後では雲泥の差…)、(4)ワクチンメーカーや製造法の違いに因る効果差(二度の接種を必要とするワクチンの扱いや効果のレベルなど…)、(5)変異株の出現による効果の激減、(6)変異株に感染したワクチン接種者の見落とし(変異株の持ち込みやADEの発生もあり得るため、むしろワクチンパスポートの取得者の増加が感染拡大に繋がる)…などを挙げることができます。こうした致命的な欠点に満ちているのですから、「ワクチンパスポート」は導入の根拠とされる安全証明の役割を果たすことはできず、受け入れ国の側からしても安心材料とはならないことでしょう。つまり、「ワクチンパスポート」は’ざる’なのです。

 

 第2の理由は、他にも多くの選択肢がありながら、自ら選択肢を狭めているところにあります。確実に無感染性を確認する方法とは、精度の怪しいPCR検査よりも病原体となるウイルスの直接的な検出や抗原検査なのでしょうが、感染性の有無を調べる方法としては、他に採り得る選択肢はあります。ところが、「ワクチンパスポート」の導入を推進している人々は、ワクチンパスポートの無感染性証明力が著しく低いにもかかわらず、同制度こそ、人々の移動の自由を取り戻す唯一の方法としてアピールしているのです。こうした非科学的、あるいは、非合理的な態度こそナンセンスなのです(この点は、新型コロナ対策として、治療法の確立よりもワクチン接種を偏重する態度にも見られる…)。

 

 第3の理由は、非接種者に対する理不尽な差別です。本当のところは、非接種者ほど高い割合で無害である可能性が高いと推測されます。コロナ禍にあっても感染していないということは、元より免疫力が強い、あるいは、抗コロナの体質であり、「ワクチンパスポート」保持者よりも安全な人々であるのかもしれないのです。たとえ無症状の感染者であったとしても、他者に対する感染リスクはワクチン接種者とは然程には変わらないことでしょう。少なくとも、全ての非接種者は感染者ではないにも拘わらず、全員が’感染者’と見なされて様々な局面で自由の制約を受け、隔離的な扱いを受けるのはナンセンスであると共に、著しい人権侵害にも当たると言わざるを得ないのです。

 

第4の理由は、「ワクチンパスポート」の存在が、海外渡航者へのワクチン接種の暗黙の義務化をもたらしてしまうリスクです。今般のワクチン接種は、日本国を含めて大半の諸国では、ワクチン接種は任意であって法的に義務化されているわけではありません。しかしながら、とりわけ海外出張を伴うような職務にある人々にとりましては、ワクチン接種の拒否は、配置転換や失業を意味しかねません。同制度がなければ、こうした苦しい二者択一の選択を迫られることはなくなるのです。その一方で、ワクチン接種そのものによる健康被害のリスクのみならず、ワクチンを接種したパイロットが血栓症により死亡する事例を報告されています。海外渡航の目的でワクチンを接種したところ、航空機への搭乗によって命の危機にまで直面するとなれば、これ程のナンセンスもありません。

 

 以上に述べてきましたように、「ワクチンパスポート」は、どう考えてもナンセンスな制度です。それにも拘わらず、政府レベルにあって強引に同制度を導入しようとしているとしますと、そこには隠れた意図があるのではないかと勘繰られても致し方がありません。そして、その最もあり得そうな目的こそが、冒頭で述べた人類のデジタル管理の強化なのです。例えば、ワクチン接種による免疫効果の個人差問題の解決策として、政府は、国民に対してあらゆる生体情報の提供を義務付けようとするかもしれません。あるいは、国境を越えたワクチン接種の統一的な運営を根拠として、全人類を網羅する個人情報のデジタル・プラットフォーム化が推進されるかもしれません。「ワクチンパスポート」がナンセンスであればあるほど、人々の自国政府、あるいは、その背後に潜む超国家権力体を見つめる視線は厳しさを増していくように思えるのです。


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