万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

東京メトロの売却は売国では?-民営化はグローバリストへの利益誘導

2024年08月22日 12時17分40秒 | 日本政治
 報道に因りますと、日本国政府と東京都は、今年の10月にも両者が所有する東京メトロ株の50%を東京証券取引所に上場する方針のようです(国53.4%・都46.6%)。上場時の時価総額が凡そ6000億円ほどに見込まれておりますので、その半分となりますと、両者の売却益は3000億円程度となりましょう。国の売却益は東日本大震災の復興財源に充てられるとのことですが、この売却、私益のために国民並びに都民の共有財産を勝手に売り払うに等しいのではないでしょうか。

 東京メトロの売却の発端は、昭和61年6月に提出された臨時行政改革推進審議会答申にまで遡ることができるそうです。昭和61年、即ち1986年とは、アメリカではレーガノミクスが、イギリスではサッチャリズムが吹き荒れていた時期に当たります。全世界的な民営化の流れはこの時期に始まっており、この3年後に訪れる冷戦崩壊を前にしてグローバリズムの下地が既に準備されていたとも言えましょう。

 日本国の民営化も、およそ同時期に始まっています。プラザ合意と軌を一にするかのように、1985年は、最初の案件として公衆電気通信法の電気通信事業法への改正による日本電信電話公社の民営化、並びに、同事業への参入自由化が決定されています。その後、国鉄や郵政事業をはじめ、今日に至るまで数多くの公的事業が民営化されてゆくこととなるのです。このことは、日本国では、実に38年も前に決定された民営化路線が今日まで堅持されていることを意味します。

 さて、政府レベルで民営化が決定されますと、その方向に向かっての動きが始まります。東京メトロをみますと、2001年に特殊法人等整理合理化計画が閣議決定され、2004年には帝都高速度交通営団が東京地下鉄株式会社へと改組されます。つまり、民営化の前段階として、株式市場での売却が可能となるように、公営事業体の株式会社化が行なわれるのです。

 この手法は、東京メトロに限ったことではありません。例えば、より大規模な事例でいれば、ソ連邦といった社会・共産主義国家の崩壊時にも、同様の手法が採られています。同国では、ロシア革命以来の計画経済を放棄して資本主義化するにあたり、公営事業体を株式会社化し、国民に株式を譲渡しています。政府による株式譲渡時にあっては、国民への均等配布を方針としながらも共産党幹部がその大半を手にしたとする指摘もありますが、その後、モスクワやサンクトペテルブルクに証券取引所も開設されるに至りますと、株主構成に変化が見られるようになります。証券市場や相対取引での株式取得等により、オリガルヒとも呼ばれる新興財閥が出現してしまうのです。

 共産主義国家の事例と自由主義国である日本国の東京メトロのケースを同列に扱うのは、適切ではないとする意見もありましょう。しかしながら、東京メトロの株式売却についても、似たような事態、いな、さらに‘悪い事態’が起きないとも限りません。同売却に際しては、政府は、「可能な限り政府の売却する株式が特定の個人・法人に集中することなく、広く国民が所有できるよう、広い範囲の投資家を対象として円滑に消化できる方法により行う必要がある。」とする方針を示しているからです。しかしながら、一端、株式が公開されますと、その後の取引は自由となります。金融市場が自由化され、かつ、グローバル化した今日では、東京証券取引所等にあって海外投資家の売買総額が国内勢を上回る日も少なくはないのです。

 こうした現状からしますと、東京メトロ株の上場は、海外投資家にビジネスチャンスを与えると共に、それが、公共交通事業であるだけに、隠れた‘植民地化’のリスクも懸念されます。国民世論にあって水道事業民営化に対する反対の声が高いのも、同事業が国民生活並びに経済を支えるインフラ事業であるからに他なりません。資本主義の根幹となる株式システムには、企業の独立性を損なうと共に、それが民営化の手段となることで、公共事業の私物化や植民地化のリスクをももたらしていると言えましょう(この意味でも、株式システムは諸悪の根源・・・)。

 今日、グローバリズムに対する批判が各国で噴出しておりますが、38年前の民営化の方針を今日にあって貫く必要はあるのでしょうか。小池都知事は、今年の1月24日に、東京メトロの株式売却を進める方針を改めて示しています(都知事選に向けての投資家からの支持の取り付け?)。因みに、2022年に財務相が選定した主幹事証券には、海外区分としてゴールドマンサックスやBofAも含まれています(日本勢では野村証券、みずほ証券、三菱UFJモルガンスタンレー証券・・・)。グローバリストへの利益誘導である疑いがある以上、東京メトロ株式の上場については見直すべきではないかと思うのです(つづく)。

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