万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イスラエルの‘非非対称戦’はガザ壊滅作戦

2023年11月01日 11時30分59秒 | 国際政治
 昨日の記事では、本格的な地上戦が行なわれた場合のイスラエル側の甚大な人的被害をもって、ネタニヤフ首相の退陣を期待するものでした。ハマスが地下に建設しているトンネル施設を制圧しようとすれば、イスラエルは兵器並びに兵力等によるアドヴァンテージを失い、逆に不利な状況に置かれるからです(非対称戦)。イスラエル側の戦死者が増えるにつれ、ネタニヤフ政権に対する国民による停戦の要求も高まるものと予測されるのですが、イスラエルは、既に同事態を回避するための作戦を準備しているとする説があります。

 ネタニヤフ政権も、イスラエル国民の被害が拡大すれば、自らの支持基盤を失いかねないことは十分に承知していることでしょう。言い換えますと、イスラエル側の被害を最小限に抑えながら、ハマスの地下トンネルを破壊する計画があれば、ネタニヤフ政権は安泰と言うことになります。この点に関して、本日のオンラインニュースにて、陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長であった二見龍氏がイスラエルの作戦を推測する記事が掲載されておりました。

 軍事の専門家である元自衛官の方の解説に依りますと、イスラエル側も地下トンネル内での戦闘が自軍にとりまして不利となることは十分に承知しているそうです。そこで、外部からの地下施設の完全破壊並びにハマス兵の抹殺を計画しているのではないか、と推測されているのです(非非対称戦)。今日では、地下深くまで爆破できる地中貫通爆弾もありますし、温度を遠隔で探知するサーモセンサーもあります。最初にガザ地区を東西に分割する回廊を中心部に造り、東西に向けてトンネルを地中貫通爆弾で破壊しつつ、サーモセンサーで地下施設からの吸排気口を見つけ出し、地下の発電機を破壊すれば電力の供給は止まり、近内は暗闇となります。そして、吸排気口を塞げば、地下火薬庫の弾薬等の連鎖的な爆発が起こり(発火性の高いガスを送り込む?)、地下トンネルは壊滅状態となってしまうと言うのです。

 同計画の実行に際しては、イスラエル兵のみならず、パレスチナ住民の被害も殆ど生じないかのように述べられているのですが、現実には、計画通りにハマスのみを施設もろともに‘壊滅’できるのでしょうか。イスラエルがガザ地区の住民に南部への避難を呼びかけた理由も、同作戦を遂行する上で、住民が障害となるからなのかもしれません。破壊予定地域内にパレスチナ住民が一人もいなくなれば、確かに、同作戦は、イスラエル兵並びにパレスチナ民間人双方の被害を生じさせることなく実行できることでしょう。

 しかしながら、現実には、全住民を立ち退かせることは困難な上に、東西2から3キロにわたる回廊を設けるに際しては、上部の建物をも徹底的に破壊する必要がありましょう。しかも、回廊から東西に向けて地下貫通爆弾で破壊すると述べているのですが、この方法では、ガザ地域一帯が廃墟と化してしまいます(あるいは、回廊によって表出したトンネルの入り口から、イスラエル地上軍が水平方向に地下貫通爆弾を使用するとも考えられるものの、この場合、イスラエル兵が中心部にある同回廊で任務に従事する必要があり、ハマスから集中砲火を浴びかねない状況ともなる・・・)。

 また、同計画では、地下40メートルの貫通力を持つ爆弾の使用が想定されていますが、地下貫通爆弾の貫通力は、大型の場合でも30メートルとされます。しかも、ハマスの地下施設は最深部で地下80メートルとされており、地下貫通爆弾が到達し得ない深さに設けられているのです。破壊不可能な最深部に設置されている施設は指令室といった中枢部でしょうから、ハマスが建設した‘地下要塞’の完全破壊は容易なことではありません。

 加えて、夜間であってもサーモセンサーを活用すれば逃亡するハマス兵を攻撃できるとしていますが、体温に反応するサーモセンサーは、兵士と民間人を見分けることはできないはずです。また、イスラエル兵士間の誤射もあり得るかもしれません。サーモセンサーが活用されたとしても、パレスチナ民間人並びにイスラエル兵の犠牲がゼロとなるわけでもないのです。しかも、テクノロジーに秀でているイスラエルは、サーモセンサーどころかAI兵器(自律型致死兵器システム )を使用するかもしれません(因みに、11月1日における同兵器に対する対応を急ぐべきとする国連総会決議の採択に際して、イスラエルは棄権・・・)。(11月2日加筆)

 以上に、イスラエル側が計画していると想定される非非対称戦について主たる疑問点を挙げましたが、この他にも、同作戦を見越したハマス側は、地下トンネル施設に立て籠もるのではなく、地上戦に重点を置いた作戦に切り替えるのではないか、とする指摘もあります。何れにしましても、かりに非非対称戦が成功裏に完遂されたとしても、ネタニヤフ首相も述べているように相当の時間を要することでしょう。また、たとえイスラエル側の人的被害を最小限に抑えられたとしても、イスラエル国民の肩には戦費という重荷がかかってきます(地下貫通爆弾はアメリカから輸入せざるを得ないのでは・・・)。あるいは、パレスチナに対するあまりにも過酷な‘報復’に憤慨したヒズボラとの闘いの激化やイランの参戦を招きようものなら、イスラエル国民のさらなる犠牲と負担は避けられなくなりましょう。

 二見氏の述べる上記の作戦がイスラエルのものと一致するとは限らないものの、非非対称戦と言ったイスラエル側の被害を最小限に留める計画は、イスラエル国民を戦争支持に引き留める作戦の一環かもしれませんし、あるいは、ハマス壊滅の目的を超えてガザ地区を壊滅させることで、他国の軍事介入に根拠を与え、戦争を拡大させようとしているのかもしれません。敬虔なるユダヤ教徒としての宗教的使命感からなのか、政治家としての私的野心からなのか、イスラエルの国家並びに国民を守るためなのか、それとも、世界権力の指令であるのか、ネタニヤフ首相の真意は分からないのですが、イスラエル国民もパレスチナ国民も、悪魔は地獄絵のような“二重の犠牲”を喜ぶことを、決して忘れてはならいと思うのです。

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