万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

パレスチナ側の’無政府地帯化’の問題

2023年11月02日 11時46分23秒 | 国際政治
 仮に、今般のイスラエル・ハマス戦争にあって、力をもって解決するとなりますと、どのような結末を迎えるのでしょうか。おそらく、軍事力においてハマスに優るイスラエル側の圧勝であることは疑い言えないことです。イスラエルが核保有国であることは公然の秘密ですので、最後には、ハマス幹部が潜伏している地下トンネル施設の徹底破壊を根拠として、貫通性を有する戦術核を使用するかもしれません。地下貫通爆弾では、地下80メートルまでは破壊できないとして・・・。

 力を解決手段とする場合、そこには、倫理も道徳も、そして、法さえも意味を持たなくなるのですが、ホモ・サピエンスとしての人類の歩みとは、こうした世界を野蛮な弱肉強食の動物的世界として見なし、同世界から抜け出すための知的努力の積み重ねであったと言えましょう。力から合意へ、そして、法へと人類は、紛争の解決手段を発展させてきたのです。かくして国際社会にあって法の支配が希求されながら、現代という時代に合っても、ウクライナに始まる戦争の連続を目の当たりにしますと、少なくとも人類の一部の人々は、野蛮な世界こそ自らが生息できる好環境であると考えているようです。

 パレスチナ紛争の経緯を見ますと、その始まりからして法の支配が蔑ろにされ、国連も全く機能しなかったことが分かります。1948年5月14日のイスラエルの建国は、イスラエルとパレスチナ双方の国家の建設と両者の領域間の分割線を定めた1947年11月29日の国連総会決議(決議181号(II))に基づくものでした。イスラエルは、晴れて国際社会から独立国家として認められ、国家としての法人格を獲得したこととなります。言い換えますと、国家を持たないユダヤ人は、力、即ち、軍隊をもってパレスチナの地に自らの国家を建設することは不可能であり、それがヒトラー政権の‘ホロコースト’や莫大な資金力を有するシオニスト達のロビー活動の成果であれ、法によって自らの国家を手にしたのです。

 なお、上述した国連総会決議の内容は、ユダヤ人国家のみならず、アラブ人国家、即ち、パレスチナ人国家の独立をも同時に認めています。同決議文には、建国に際して制定されるべき憲法に含まれるべき内容まで細かに記されており、仮に、同決議案に沿ってパレスチナ国家が建国されたならば、同地には、イスラエルとパレスチナ国家という二つの民主主義国家が同時に成立、並立するはずであったのです。

 また、国家建設に至るまでの移行期間として、両地域において五カ国の代表によって構成される国連委員会の統括の元で(最初の委員会のメンバーは、ボリビア、チェコスロヴァキア、デンマーク、パナマ、フィリピンの五カ国)、両地域のそれぞれに暫定政府評議会が設けられることとされていました。そして、同決議内容の実現に関する最終責任は、国連安保理にあるとしたのです。

 かくして、イスラエルは、第二次世界大戦後にあって民族自決の原則のみならず、国際法の恩恵を最も受けた国の一つであったのですが、その後の行動は、お世辞にも褒められたものではありませんでした。もちろん、法秩序の軽視についてはイスラエルのみならず、同決議に異を唱えて戦争に訴えたアラブ諸国も同罪と言えば同罪なのでしょう。その後、4度に亘って中東戦争が闘われ、同決議によって定められ、国際的に承認された国境線を意味する分割線は、幾度となく力によって変更されたからです。しかも、イスラエルは、武力の行使のみならず自国民の入植という手段によってパレスチナの領域を侵食し、自らの支配地域を広げていったのです。

 以上の経緯は、イスラエルが独立国家を建設する一方で、パレスチナ側は、上記の国連決議によって独立国家を建国する権利は認められものの、実際には、主権国家の要件の一つである政府が存在せず(国際的な政府承認を得ることができない・・・)、それ故に、自らの領域並びに国民に対して統治を行なうことができなかったと言えましょう。このことは、パレスチナにあって、PLOをはじめ今日のハマスに至るまで、武装非政府組織が対イスラエルの前線に立つこととなった理由の一つでもあります。公式の政府が存在していませんので、正規の軍隊が組織できるわけもないのです。因みに、同総会決議には、統治機構のみならず、パレスチナ国家における軍隊の設立についても規程を置いています。本来であれば、総会決議に従って、イスラエルと同時にパレスチナも1948年に独立国家として地位を確立し、自国の防衛のための軍隊をも具備していたはずなのです(パレスチナ国家の成立は1994年のオスロ合意後・・・)。

 総会決議の不履行が、今日のイスラエル・ハマス戦争(国家VS武装組織戦争)の原因であるとしますと、イスラエルも、自己否定ともいうべき自己矛盾を自覚すべきと言えましょう。法の支配から力の支配へと、時計の針を逆戻りさせてしまったのですから。このことは、イスラエルが自らの存立基盤をも自らの手で掘り崩す行為であり(愚者の船・・・)、テロリストによる攻撃方法を、国際法上の違法行為として一方的に非難できなくなるのです。そして、ここに、何故、この時、パレスチナ国家が同時に建国されなかったのか、という、国連や国際情勢、そして、世界権力にも関連する問題が提起されることとなるのです(つづく)。

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