万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

歴史が示す戦争の経済的要因-危ない現状

2022年10月31日 13時09分11秒 | その他
 戦争とは、領土争いといった政治的な国家間の対立のみを原因としているわけではありません。とりわけ、近代以降の戦争の背後には、経済的な利益追求や利害関係が分かちがたく絡んでおり、どちらが主因であるのか判然としない、あるいは、本当のところは定説とは逆に後者が主因であるのかもしれません。何れにしましても、戦争を抑止しようとすれば、経済的要因にも注目する必要がありましょう。

 例えば、戦前のドイツにおけるナチスの台頭は、第一次世界大戦における敗北そのものよりも、同戦争の対独講和条約であるヴェルサイユ条約がドイツに課した天文学的な賠償金の支払い問題にあります(第一次世界大戦も、主たる要因は世界大での権益争い・・・)。支払いに窮したドイツは、国内においてハイパー・インフレーションを起こすことで債務の負担軽減を試みた結果(凡そ1921年~23年)、ドイツ経済は崩壊の危機に瀕し、資産を失い、失業の憂き目にあった国民の不満を吸収したナチスが、民主的選挙にあって躍進します。その一方で、第一次世界大戦後にあって戦勝国となり、国土も殆ど無傷であったアメリカは、戦間期にあって未曾有の好景気を謳歌しますが、投機ブームに踊ることになったアメリカも、遂に証券市場のバブルが崩壊し、運命の1929年9月4日を迎えるのです。全世界に広がった大恐慌による長期不況が資源をめぐるブロック経済化をも招来し、第二次世界大戦の遠因、あるいは、主因であったことはしばしば指摘されるところです(不況に伴って発生した大量の失業者は徴兵と軍需産業が吸収・・・)。

 現代史を紐解いても経済が如何に戦争と密接に結びついているのかが理解されるのですが、上記の二つの関連する歴史的出来事は、深刻なインフレーション、バブル崩壊、長期不況、資源の供給減、失業の増加などが、国境を越えた連鎖反応を起こして戦争への道を敷くことを示しています。こうした諸点に照らしますと、今日もまた、戦争リスクが高まっているように思えます。

 その発端は、今年の2月に始まるウクライナ危機にあるのですが、ロシアに対する経済制裁は、各国の経済・金融政策の不調和によって上記の要因を揃えつつあります。アメリカやEU諸国をはじめとする対ロ制裁は、禁輸措置によりエネルギー資源の供給不足を招いております。近年のカーボンニュートラル政策と相まって、エネルギー資源市場における価格上昇が、凡そ全ての諸国にあって物価高の要因となっていることは言うまでもないことです。物価の上昇は国民生活を圧迫しますので、アメリカのFRBは、まずはインフレ抑制を名目として金利を上げる措置をとっています。しかしながら、この教科書的な国内向けの対策は、世界経済全体を見ますと、絶壁の崖へと続く危うい道となりかねません。

 そもそも、アメリカにおける物価高の原因は、資源価格の上昇による輸入インフレとは言いがたい側面があります。シェールガス革命によりアメリカは資源輸入国ではなくなりましたし、むしろ、エネルギー価格の上昇は、アメリカ経済にプラスの効果をもたらすはずです。となりますと、FRBの金利上げは、輸入インフレ対策というよりは、輸出増にともなって海外から流入するお金の流通量の増大に対応するための‘輸出インフレ対策’と表現した方が適切かもしれません。リーマンショック以来の低金利政策、並びに、近年のコロナ対策としての財政支出増に加え、コロナワクチンや治療薬を製造しているファイザーやモデルナといった米国大手製薬会社にも、日本国政府を含む外国政府から兆単位の支払金が流れ込んでいることも注目されるでしょう。こうした側面からしますと、FRBの高金利政策は、複合的な要因によって生じている‘お金余り’によるインフレ抑制として理解されましょう。

 しかしながら、輸出入に起因するインフレに対しては、中央銀行による金利操作の効果は期待薄であり、否、逆効果となるリスクもあります。何故ならば、教科書的には、インフレ対策としての中央銀行による金利上げは、民間における融資全般を抑制することで過熱気味の景気を抑える、あるいは、各種市場におけるバブルの発生を防止すると説明されているからです。このため、外因性のマネーサプライの増加には、殆ど政策効果が及びません。若干の効果があるとすれば、自国通貨高による国際競争力の低下による輸出減なのですが、エネルギー資源のように産出国が限られている場合には、輸出インフレを抑制する効果にも限りがあります。つまり、政策手段と政策効果との間に不一致が見られるのです。

それどころか、アメリカの高金利政策への転換は、低金利国から同国へのマネーの流れを加速化しています。とりわけ、止まらない日本国の円安の主因は、おそらく拡大する一方の日米の金利差にあるのでしょう。円を売ってドルに換え、利回りの高いアメリカでこれを運用した方が、遙かに高い収益あげることができるからです。言い換えますと、インフレ抑制のための政策が、逆にそれを亢進したり、あるいは、バブルを発生させてしまう可能性も否定できなくなります。しかも、アメリカの実体経済を見ますと、近年、急速なITの普及やデジタル化による合理化が進んでいますので、起業、雇用、消費などがマネー量に比例して増加し、急激に経済が成長・拡大するとも思えませんし、金利が上昇すれば、借り手も減少します(一部のIT大手、資源関連企業、製薬会社などに資金が集中する一方で、経済全般は冷え込むのでは・・・)。

中国では習近平独裁体制の長期化が同国の経済の減速要因となるとの指摘がありますが(国民の不満を外部の敵、即ち、戦争に逸らすかもしれない・・・)、アメリカへのマネーの集中にも、戦争を引き起こしかねない危うさがあります(因みに、欧州中央銀行は075%の利上げを実施して政策金利を2%とし、対米金利差を縮めてる・・・)。現状を放置しますと、過去の二度の世界大戦と同様の状況に陥りかねず、戦争の経済的要因を事前に取り除くという意味においても、日米両国の政府を含む各国政府は、理論的な対応よりもより現実的で効果的な対策を急ぐべきではないかと思うのです。

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