新型コロナウイルの感染拡大は遂に全世界の株式市場に及び、ニューヨーク証券取引所では、ダウ平均が一日の下げ幅としては過去最高を記録しました。日本国も例外ではなく、日経平均も2万円台を割り込み、世界的な経済減速への不安感が広がっています。新型コロナウイルス・ショックは、全世界規模での株式市場の大暴落という表面的な現象としては、大恐慌やリーマンショックなどの過去に起きた金融危機の発生時と変わりはないのですが、その危機のメカニズムを観察しますと、今般の新型コロナウイルス・ショックには一般の金融危機とは著しく異なる点があるようです。
第一の違いは、相場下落の原因です。一般の金融危機のケースでは、実体経済と離れた投機的な行動が金融危機を誘発しました。当時、金融機関や個人投資家を含む多くの人々は、値上がり益を期待して株式や金融商品等の買いに殺到していました。市場では所謂バブルが発生していたのであり、このバブル崩壊こそ相場下落の主因なのです(マネーの消失)。買いに走っていた人々が、上昇の限界を予感して売りに転じますと、雪崩を打つように相場の下落が起きたのです。
一方、新型コロナウイルス・ショックの主たる原因は、中国の武漢に始まる感染症の世界レベルでの拡大です。世界の工場でもあり、かつ、14億の人口を擁する巨大な消費市場でもある中国では、目下、国民に厳しい移動制限や外出制限を課す封鎖が敷かれています。都市部での感染リスクもあって、農村の出稼ぎ労働者は職場に戻らず、工場も稼働停止、あるいは、一部稼働の状態が続いています。今日のグローバル時代にあっては、中国も、完成品のみならず部品等の製造拠点として海外企業のサプライチェーンに組み込まれていますので、生産縮小の影響は同国一国にとどまらず、全世界の企業に深刻な‘供給不足’をもたらすのです(‘供給不足’には、現地日本企業並びに中国企業が生産した完成品、及び、自国での生産に必要な中国製部品等の二つの側面がある…)。しかも、近年では、中国は巨大な消費市場に成長していますので、中国向けに輸出品を製造している、あるいは、現地でビジネスを展開している海外企業にも打撃を与えるのです(‘需要の喪失’)。
第二の相違点は、連鎖的拡大経路の違いです。一般の金融危機では、金融機関、企業、そして、個人間の貸借関係の破綻が危機を拡大させます。平たく申しますと、‘貸借チェーン’の一部に欠落(債務不履行)が生じると、そこを起点に経営破綻が広がってゆくのです。特に留意すべきは、多角的に複数の貸借関係を構築している金融機関の破綻です。何故ならば、金融機関の破綻は、同心円状に危機が一気に企業から個人に至るまで広範囲に拡大してゆくことを意味するからです。しかも、近年の金融工学の発展とIT化により、危機拡大の速度は一段と速まっています。
それでは、新型コロナウイルス・ショックの連鎖的拡大経路はどうでしょうか。感染という病理的な意味では、人から人への感染ということになるのでしょうが、経済ショックとしての感染経路はウイルスのものとは違っています。そしてそれは、一般の金融危機とも違っているようなのです。その違いとは、危機拡大の方向性が前者とは逆の点です。上述したように、今般のショックの主因は生産と消費の両面における不足の発生にありますので、実体経済から金融への方向で波及しています。また、集団心理に煽られた特定市場での投機行為を伴いませんので、バブル崩壊時ほどには回収不能、あるいは、不良債権を一気に金融機関が抱え込むこともなく、同機関を中心とした同心円状の危機拡大は発生し難いのです(もっとも、金融機関には株式保有による含み損は生じる…)。
以上に二点ほど主要な違いを述べてきましたが、この違いは、今般の新型コロナウイルス・ショックに対する対応は、一般の金融危機とは異なる対応となすべきことを示しています。金融発となる後者では、公的資金の投入といった金融機関に対する救済策が主たる手段でしたが、今般のケースでは、実体経済の再構築、あるいは、再生こそが肝要となりましょう。むしろ、実体経済における需要と供給との関係に注目すれば、巨額のマネーが泡と消える金融危機よりも危機脱出は容易であるかもしれません。何故ならば、需給の両面における不足が原因ですので、不足分は補えば解決するからです。
単純すぎるとする批判もありましょうが、中国からの輸入品の供給不足については、国内生産に切り替える、あるいは、代替輸入先を探すといった方法で対処することができます。それは、グローバルに事業を展開する大手企業にとりましてはサプライチェーンの組み換えとなりましょうし(国内回帰も選択肢に…)、部品や日用品等を製造してきた国内の中小企業にとりましては、失地回復、あるいは、新たなビジネスチャンスともなりましょう。また、中国市場における需要の不足につきましても、新製品や新サービスの開発により国内需要を掘り起こす、または、中国以外の海外市場に販路を求めることで対処し得るかもしれません。そして、金融機関も、株価下落に嘆くよりもこうした企業の経営戦略の見直しにおいてこそ、有望な投資先や財政支援のチャンスを見出すべきなのではないでしょうか(投資判断の基準はSDGsのみではない…)。
行き過ぎたグローバリズムの歪が顕在化する今日、新型コロナウイルスは人々に禍をもたらしつつも、国内経済とグローバリズムとの関係を再調整し、両者の調和点を探る契機となるかもしれません。そして、今般の一件によって露わとなった一党独裁体制を敷く中国という国の恐ろしさは、たとえ同ウイルス禍が終息したとしても、将来に向けて中国離れの流れを方向づけたにしたのではないかと思うのです。