万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

緊急事態では国会の'ブレーキ機能'も期待できない

2022年08月19日 13時37分29秒 | 統治制度論
 緊急事態条項に伴う首相への権限集中による独裁化、並びに、これとセットとなる国民の基本的な自由や権利の制限に関する懸念については、国会が制御機能を果たすとして問題視しない意見も聞かれます。同見解が主張するように、「自民党憲法改正案」の第98条並びに第99条には、国会の関与を定める幾つかの条文を確かに見出すことができます。しかしながら、国会に期待されている制御機能は、無力化してしまう可能性が高いのではないでしょうか。

 憲法改正案に記されている国会の関与とは、第一に、内閣総理大臣の緊急事態の宣言に際して、事前または事後において国会の承認を得なければならないというものです(第98条2項)。第二に、国会の事前または事後的承認を得られなかった場合、あるいは、国会が事態の推移によりもはや同宣言を必要としないとする決議した場合には、内閣総理大臣は同宣言を解除しなければなりません(第98条3項前段)。また、緊急事態宣言が100日を越えて継続される場合には、100日を越えるごとに国会の承認を得なければならないとしています(第98条3項後段)。加えて第三に、内閣総理大臣が制定する政令並びに処分についても、国家の事後承認を要します(第99条2項)。

 このように、幾重にも国会によるチェックがあり、かつ、緊急事態宣言を停止させる権限まで認められているのですから、多くの国民も、国会が担う首相の暴走に歯止めをかける安全装置が付けられているのを見て安心するかもしれません。首相独裁体制化は杞憂に過ぎないと・・・。ところが、この制御機能、第99条4項によって台無しになってしまうのです。同項には、以下の条文があります。

「緊急事態宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。」

この一文、よく読みますと、恐ろしいことが書いてあります。‘衆議院は解散されないものとし’までならばまだしも、その続きとして両議員の任期と選挙期日に関する特例の記述があるからです。つまり、特例を設ければ、衆議院議員4年、参議院議員6年の国会議員の任期を延長することができると解されるのです。緊急事態宣言下では首相に各種の重要権限が集中しますので、同特例も、内閣、否、首相の一存による政令、あるいは、指示として設けられるのでしょう。

この条文を根拠とすれば、緊急事態の宣言と同時に、首相は、国会議員を選出する民主的選挙を休止させることが可能となります。これは、事実上、一時的ではあれ、日本国から民主主義が姿を消すことを意味しましょう。そして、国会議員の側からすれば、緊急事態が続く限り国政選挙は実施されないのですから、自らの議員としての地位は安泰となります。言い換えますと、首相と議員は、緊急事態宣言の長期化において利害を共有することとなるのです。緊急事態宣言が両院の国会議員の地位、名誉、並びに、リッチな生活をも支えるとなりますと、国会に上述したブレーキ機能を期待することは難しくなります。首相と国会議員は、一蓮托生の関係にあるのですから、両者結託して緊急事態の長期化を図るかもしれないのです。

それでも、あくまでも危機的状況に対応するための臨時的な措置なのだから、緊急事態が長期化するはずはない、とする反論もありましょう。しかしながら、過去並びに現在の状況を観察していますと、長期化の懸念は深まるばかりです。かのディストピア小説、『1984年』では、世界を三分割する三つの国の独裁者が、各々戦争の危機を国民に訴えることで軍事独裁体制が維持されています。現実にあっても、かつてのソ連邦にあって全世界を震撼させたスターリンの独裁体制は、戦争終結後も武装解除せずに軍事体制を維持したことに起因していますし、北朝鮮の金王朝独裁体制の永続化の要因も、休戦状態にある朝鮮戦争を背景に常に臨戦態勢が敷かれている点に求めることができます。また、ウクライナ紛争を見ましても戦況は膠着化する兆しがあり、長期化を予測する専門家もおります。否、狡猾な政治家、あるいは、超国家権力体であれば、‘緊急事態’を意図的に長引かせることで、憲法上の緊急事態条項を悪用して、民主主義国家を合法的に独裁体制に移行させようとするかもしれません。

その一方で、震災や水害などの自然災害であれば、国民の多くは、同宣言の継続期間を体験的に予測できますので、長期化のリスクは著しく低下します。緊急事態条項新設の説明に際して、自民党が自党のウェブサイトで震災への備えを強調するのも、国民が独裁体制の永続化リスクに気がつかないための国民意識の誘導なのでしょう。もっとも、自然災害であっても、政府が被災地の混乱を放置したり、復興を意図的に遅らせるような場合には、非常事態宣言が長期化されます。加えて、今般のCOVID19のように変異性が高いウイルス、あるいは、現代の医学を以てしても有効な対策や治療法が存在しない病原体であれば、疫病を根拠とした緊急事態宣言の延長もあり得ましょう。今般の憲法改正に際して、緊急事態宣言条項が特に国民の関心を集めるようになったのも、政府によるロックダウンの強行やワクチン強制接種への不安があったからなのでしょう。

 以上に述べてきましたように、「自民党憲法改正案」には、国会のブレーキ機能への期待も虚しく、日本国が独裁体制へと体制移行してしまうリスクが潜んでいます。自民党は、こうしたリスクを認識した上で、すなわち、意図的に同改正案を作成したのでしょうか。あるいは、そこまで深く憲法案に内在する問題点を精査することなく同案を発表してしまったのでしょうか。この謎については、さらなる洞察と推理が必要なように思うのです(つづく)。

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