第二次世界大戦下にあって原子爆弾の開発に携わり、「原爆の父」とも称されることとなった理論物理学者、ロバート・オッペンハイマーの半生を描く映画『オッペンハイマー』が、昨年、アメリカで制作されました。アカデミー賞を受賞した注目作品となったのですが、同映画の公開を機に、原子爆弾の投下の是非をめぐる議論も起きています。世界最初にして唯一の被爆国となった日本国では、原爆の残虐性が描き切れておらず、不満が残る作品とする評が少なくない一方で、アメリカ国内では、若い世代には若干の変化が見られるものの、原爆投下を正当化する意見が今なお優勢です。
アメリカ人が支持してきた原爆投下の正当化論とは、原子爆弾がアメリカの若き兵士達の命を救うと共に、来るべき本土決戦において一億玉砕を覚悟していた日本人の命をも救うのみならず、戦後にあっても、核兵器に対する恐怖心による核の抑止力が働き、第三次世界大戦を防いだというものです。言い換えますと、日本国への原爆投下は、全人類を救ったのであるから、結果論からすれば、日本人の被爆者は人類に供された尊い犠牲ではあるけれども、原爆投下は‘必要悪’であったということになります。
同見解に対しては、日本人の多くは、原爆投下を先ずもって国際法違反と見なしています(東京裁判等の国際軍事法廷は、敗者の違法行為しか裁いていない・・・)。当時の戦争法にあっても非人道的な兵器の使用は禁止されていますし、都市や民間施設に対する攻撃にも制約が課せられていました。例えば、1910年1月26日に発効した「陸戦法規慣例条約」の条約付属書である「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」の第23条ホには、禁止事項として「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」とありますし、第25条には、「防守セサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又は砲撃スルコトヲ得ス」とあります。さらには、第23条イは「毒マタハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」も禁止事項としていますので、爆発時のみならず、中長期的にも健康被害を与える放射能そのものを毒と見なせば、同条項にも抵触するかもしれません。これらの条文に照らしてみれば、原爆投下は明らかに違法行為であり、日本人の多くは、アメリカの言い分に素直に納得できないのです。
しかも、原爆投下に先立って、日本国は首都東京をはじめ激しい都市空爆を受けております。空爆による民間人の被害者数は、原子爆弾による死傷者数をも上回ります。木造建築の延焼を計算に入れた焼夷弾の使用は、民間人をも苦しみの中で焼き殺してまいますので、大火災の発生を目的とした同空爆も(火あぶりの刑が与える耐えがたい苦痛を考えれば、その残虐性は容易に理解される・・・)、上述した陸戦法規に違反する行為に他なりません。このため、なおさらに原爆投下正当論は、‘後付けの言い訳’のようにも聞えてしまうのです。原子爆弾という新型兵器が使われたため、自ずと広島と長崎に関心が集まるものの、仮に、核兵器の使用がなければ、アメリカは、日本全国の都市に対する空爆をどのような論理で正当化したのでしょうか。南北アメリカ大陸では、ヨーロッパ諸国によって先住のインディオの人々が大量虐殺されていますが、こうしたジェノサイド行為は、‘人類を救うために必要であった’とは言えないはずです。
加えて、当時のアメリカ政府は、独自の情報収集網、あるいは、連合国の一員であったソ連邦を介して、当時の日本国政府が、終戦交渉に動いていたことは知っていたはずです(フーバー元大統領も、アメリカによる休戦妨害を指摘・・・)。仮に、トルーマン大統領による原爆投下の判断が‘人類を救った’とする主張が正しければ、日本国に対する原爆投下は、それが戦後の対立を見越したソ連邦に対するものであれ、明らかに‘見せしめ’が目的であったことを認めることにもなります。戦争の一環であるならばいざ知らず、外部者に対する戦略上の‘見せしめ’効果を狙って原子爆弾が投下されたとなりますと、‘見せしめ’のデモンストレーションのチャンスとして使われた日本国としては、否が応でも釈然としない思いが残るのです。
これらの他にも、日本国によるポツダム宣言の受託の主要な要因は、原爆投下ではなくソ連邦の参戦にあったので、アメリカの言い分は通用しないとする意見などもあります。もっとも、上述したように、結果としては、相互確証破壊論によって主張されたように核の抑止力が米ソ超大国間による直接的な‘熱戦’を防いだとする指摘は、それが事実であるが故に否めません。それでは、核の抑止力をもって第三次世界大戦を防いだとする論拠をもって、核使用の違法性は阻却され得るのでしょうか(違法性の阻却事由は、凡そ正当行為、正当防衛、緊急避難の三点・・・)。核をめぐる現在の状況を踏まえながら、この問題についてどのように対処すべきか、しばし考えてみたいと思います(つづく)。