万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ガザ地区はもとよりパレスチナ国の領土では?

2023年11月10日 10時51分27秒 | 国際政治
 アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は、東京での記者会見の席で、パレスチナのガザ地区に関する戦後構想についてアメリカ政府の方針を明らかにしました。同長官が語るには、イスラエルがガザ地区を占領したとしても、一定の移行期間を置いた後に、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ国の政府に統治権を移すとする案のようです。ネタニヤフ首相は、ガザ地区の再占領後は、同地域はイスラエルが安全保障の責任を負う、即ち、事実上の‘併合’を表明していましたので、ブリンケン国務長官の案は、ネタニヤフ首相の方針と真っ向方対立すると共に、より穏健で平和的な紛争可決案であるように見えます。しかしながら、細かい点に注しますと、そうとも言えないように思えてくるのです。

 第一に、ブリンケン国務長官は、停戦についてはきっぱりと反対しています。その理由としては、停戦期間中にハマスが体勢を立て直し、再びイスラエルにテロを仕掛けるリスクを挙げております。しかしながら、10月7日のハマスによる奇襲攻撃は、イスラエルが何故か警戒を怠り、情報入手に失敗したという‘偶然の幸運’があってこそ成功したのであり、今後、同様の奇襲作戦が行なわれるリスクは殆どゼロに近いと言えましょう。また、テロのリスクについては、ガザ地区に対して、国連のPKOであれ、米軍であれ、あるいは、有志軍であれ、停戦監視部隊を派遣するという防止方法もあるはずです。リスクが低く、かつ、同懸念を払拭する手段がありながら、それを真剣に考えようともしない姿勢からの発言は、説得力に乏しいと言わざるを得ないのです。

 第二に、停戦の否定は、即ちイスラエルによるパレスチナ人虐殺の‘見て見ぬふり’を意味します。国際法に照らしましても、ガザ地区に対して現在行なわれているイスラエルの攻撃はジェノサイドに該当する行為ですので、アメリカは、国際法秩序の維持という国際社会の一員としての責任を、蛮行の黙認という形で放棄したことにもなりましょう。

 第三に挙げるべき点は、ブリンケン国務長官の話しぶりからしますと、あたかも、ガザ地区の現状を‘帰属未定地’の如くに見なしている点です。ところが、ガザ地区は、れっきとしたパレスチナ国の領域であり、このことは、イスラエルの建国の法的根拠となった1948年11月29日の国連総会決議において認められています。アメリカは、同決議に賛成していますので、建国の時期がイスラエルよりも遅れたとしても、パレスチナ国の存在を認めなければならない立場にあるはずなのです。また、たとえ百歩譲り、1967年11月22日にアメリカを含む全会一致で採択された安保理決議242号が引いた分割線、即ち、‘武力による現状の変更’を認めたとしても、ガザ地区は、パレスチナ国の領域です。

 ところが、今日、どうしたことか、アメリカは、オスロ合意後にあってもパレスチナ国に対して国家承認を与えていません(多数の諸国がパレスチナ国を国家承認しており、かつ、国連でも、オブザーバー国の地位を得ている・・・)。イスラエルと共にユダヤ人人口が600万人を超えるアメリカにあっては、政界におけるユダヤ・パワーは絶大であり、パレスチナ国の未承認も、同状態がイスラエルにとりまして有利であるからなのでしょう。つまり、パレスチナ領として認めれば、アメリカも、イスラエルの行為は明白なる国際法上の‘侵略’と認めざるを得なくなるからです。ブリンケン国務長官の戦後構想に関する‘涼しげな顔’とウクライナ紛争で見せた怒りに燃え滾る顔との間のあまりにも露骨なダブル・スタンダードは、アメリカに対する信頼性を著しく損ねかねないのです。

 また、第4としては、沖縄の日本返還のように、必ずしもパレスチナ国に対する全面的な単独返還の形となるかどうかは曖昧である点を挙げることができます。ブリンケン長官は、「危機後のガザの統治にはパレスチナの声が含まれるべき」とも述べているからです。ガザ地区の将来については、国連による信託統治案やアラブ諸国を加えた共同統治案なども提起されており、むしろ、パレスチナ国への返還が法的には当然の措置でありながら、選択肢の一つにされかねないのです。

 事実上の併合を意味するネタニヤフ首相の方針よりは幾分かは‘まし’とはいえ、同案も実現するとは限らないのですから、ブリンケン長官の発言は、停戦を回避する口実なのかもしれません。イスラエルがたとえガザ地区を徹底的に壊滅させ、‘完全に軍事占領下に置いたとしても(戦争犯罪であるジェノサイドが行なわれたとしても・・・)、将来的にはパレスチナ国の領域とすれば問題はないでしょう’という・・・。それとも、ブリンケン国務長官の発言は、イスラエルによるガザ地区の軍事占領は、結局はパレスチ領となることで終わり、大ユダヤ主義が挫折する未来像を示唆することで、イスラエル側あるいはその背後の世界権力大して、暗に自制を求めたものなのでしょうか。何れにしましても、今般のイスラエル・ハマス戦争については、先ずもって原点に立ち返り、両国の共存、すなわち、ガザ地区がパレスチナ国に帰属することを前提として託すべきではないかと思うのです。

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