万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナの核保有というトロッコ問題の回答

2022年10月10日 10時22分40秒 | 国際政治
 ウクライナ紛争を見ておりますと、当事国であるロシアにせよ、ウクライナにせよ、そしてアメリカをはじめとした他の諸国にせよ、何故、紛争の回避や激化を防ぐ方法がありながらそれを採用しようとしないのか、不思議でならなくなります。‘世界’の為政者達のこの非合理的な行動の連続が世界権力の存在を強く示唆するのですが、今般のクリミア橋爆破事件も、どこかに陰謀の陰が感じられます。

 クリミア橋爆破の一報で、先ずもって頭に浮かんだのが日中戦争の発端となった1937年7月7日に起きた盧溝橋事件です(日付が‘ぞろ目’である点にも注目を・・・)。同事件では、誰が発砲したのか、あるいは、何者によって仕組くまれたのか、正確な確認作業を欠いたまま、日中両国が本格的な戦争へと向かうこととなりました。このため、今日なおもコミンテルン等を主犯とする国際陰謀説も信憑性を以て語られるのですが、クリミア橋に爆破事件にあっても、ウクライナ側は自らの攻撃であることを匂わすに過ぎません。その一方で、ロシアのプーチン大統領は、同事件はウクライナ側の特殊部隊によるテロと断定しており、紛争の激化が避けられない状況に至っているのです。

 仮に、ロシアが同事件をウクライナ側の犯行と決めつけるとすれば、核兵器の使用リスクも格段に高めるため、日本国を含め、国際社会も重大な関心を寄せています。このため、ロシアが核の使用を試みた場合に対する対応として、様々な対抗策が提案されることとなりました。ところが、ここでも、理解しがたい不思議な現象が起きています。その道の専門家や識者であっても、誰も、ウクライナの核武装について触れようとしないのです。ある人はミサイル防衛システムの提供を提案し、ある人はアメリカによる核の報復について述べながら・・・。

 ロシアが核の使用を明言している以上、ウクライナには、非核を貫く義務も義理もないはずです。NPTの第10条では、「この条約の対象事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認められる場合」には、各締約国は同条約から脱退できるとしています。ウクライナは、脱退条件を満たしているのですから、同条約を脱退して核武装に踏み切る権利を有しているのです。同国が核保有を宣言すれば、その決断に反対する国は殆どないことでしょう。そもそも合理的に考えれば、戦争状態や侵略を受けた状況下にあって、一方の当事国や被害国のみに核保有が許されないわけはないのです。

 それでは、アメリカにはウクライナの核保有を反対する理由はあるのでしょうか。もちろん、核保有国の特権を手放したくないとする大国固有の独占意識はあるのでしょう。しかしながら、最貧国とされる北朝鮮でさえ核を保有している現実を見れば、不完全で欠陥に満ちたNPTの存在がむしろ国際社会の平和を損ねていることは疑い得ません(既に、大国独占状態は崩壊している・・・)。また、核放棄後のウクライナの安全を国際的に保障した「ブダペスト覚書」に基づいて、アメリカがウクライナに代わってロシアに対して核兵器をもって報復するオプションもあり得ますが、同オプションを選択しますと、核戦争に留まらず、ロシアの反撃能力を完全に奪わない限り、即座に第三次世界大戦へと発展する展開となります。ロシアによる対米攻撃は、NATOを枠組みとした集団的自衛権の発動を意味するからです。片務条約とはいえ、日本国もアメリカとは軍事同盟を結んでいますので、傍観者を決め込むことは難しくなりましょう。

 アメリカによる核の報復が第三次世界大戦を引き起こし、アメリカ本土がロシアの核攻撃の対象となり得るとなりますと、ウクライナによる単独核保有の方が、遙かに人類にとりまして望ましい選択と言うことになります。ウクライナは核の抑止力によって自国の防衛力を格段に強化することができますし、たとえ核戦争が起きたとしても、それは、第三次世界大戦に発展することなくロシアとウクライナ間に限定されるからです。倫理学にあってトロッコ問題というものがありますが、この選択は、同問題における一つの回答ともなりましょう(トロッコ問題とは、暴走したトロッコの先に分岐器があり、ここで線路を切り替えれば、直線上にいる5人は助かるけれども、別の路線上にいる1人は犠牲になる場合、どのように判断するのか、という問題。「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」を問うている・・・)。

 誰かが必ず犠牲にならなければならないトロッコ問題は、多くの人々を悩ませてきた問題であると共に、できることならば、現実には起きてほしくないと誰もが願っている問題でもあります。しかしながら、しばしば、政治の世界では、トロッコ問題、否、同問題をより複雑にしたような犠牲選択の問題に直面してしまうことがあります。それでもなお、ウクライナの核保有は、その報復効果による抑止力が有効に働けばロシアによる核の使用を回避できますし(線路上に防壁を設けるようなもので、必ずしも犠牲になるとは限らない・・・)、核戦争を伴う第三次世界大戦による滅亡の危機からも人類を救うことになるのです。もっとも、仮に同紛争が世界権力によって予め仕組まれたものであり、同計画が白日の下に晒され、多くの人々がその阻止に務めれば、トロッコ問題そのものが消滅することになりましょう。犠牲を迫るトロッコが壊れてしまうのですから。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 世論調査に見る‘秘密投票’の問題 | トップ | ウクライナ議会の北方領土日... »
最新の画像もっと見る

国際政治」カテゴリの最新記事