今年3月に行なったこちらのWSの感想です!
E様より
これまでなんとなく「シャーマニズム」という言葉に惹かれてDTやこちらのWSに参加していましたが、「シャーマニズム」についてイメージがぼんやりとあるだけだったので、基本的なレクチャーから行っていただけて、よりイメージが明確になり理解が深まりました。 一番強烈な記憶があるのは、やはり舞踏の歩行による変性意識の体験です。最初はキョウコさんの言われる通りに動くので精一杯だったので何も考えずに集中して動くことができていたのですが、途中から繰り返し繰り返し動いていくうちに、なんとも言えない怖さ(うまく言えないのですが、どこかに連れて行かれるような感じ)を感じるようになり、脳が別のことを思考をし出すようになっていきました。今思うといつもの「(何かが頭に浮かんでくる)思考」ではなく、(あちらに連れて行かれないような)自己防衛だったように感じます。まだ、自分自身が思考と自我を消すことに慣れていないのかな、、と思いました。今後もDTとWSを続けることで、自然に変性意識状態になれるようにしていきたいと思います。
****************
感想ありがとうございます!
通常、我々は思考に基づいて動いている(と思っている)ことが多いので
身体感覚とイメージをベースに動きをリフレインしていくと
日常と違った意識になって行きます。それこそが変性意識でありますが
それは慣れていないと怖さを感じることでもありますが
その怖さとは何か、ということを見る機会でもあったと思います。
また、場の安全には最も留意しておりますので
引き続き体験なさってみてください。
☆。.:*:・'☆'・:*:.。.:*:・'゜:*:・’゜☆ ☆。.:*:・'☆'・:*:.。.:*:・'゜:*:・’゜☆
S様より
まず、シャーマニズム、とは聞いていたものの、特別感や緊張感みたいなものは不思議とあまり有りませんでした。紹介頂いた「気流の鳴る音」を読んでいたからかもしれません。あの本を読んでいると安心するんです。文章を理解できてもできなくても。ただし、ワークの最初はいつも体が冷えていて、今日もそうだったのですが、中々指先まで温まらず、シェイキングをしたあたりからやっと温まりました。 ストレッチをして、胡座になって手を足に置いて深呼吸しだしたあたりから場の空気感が変わったのを感じましたが、そこでも、「ああ、変わったな。」というぐらいの感覚で見ていました。終わった後で、「あの時、空気ガラッと変わったよね。」と他の参加者の方から聞いて、「そういえばそうだったわ。」と気づいたと言ってもいいかもです。 そして、今日でやっと、目の焦点を合わさずに全体を見る、という感覚を体得できたように思います。 歩行のワークは、夢見心地でした。みんなぶつかっても、輪切りになって、すり抜けてぶつからない、みたいな。モノ化して、エネルギー体だけになっている。物質や実体といったものが曖昧になる不気味な盆踊りのようでした。魂が魚状態になって一つの大きな魚にでもなっていたんでしょうか。私だけ群れの中を早く泳いでいたようですが…。それでも群れの中で疎外感は無かったです。私は。 毎回思うのですが、その場に居合わせた参加者の巡り合わせが場の空気を決めるというのか、方向性が出てくるのか、と終わってから納得しました。今日は入り込みやすい人が多かったと思うんですが、私も普段より早く入って行った感覚があり、その代わり出て行くのも早かったです。ただし、ちゃんと現世に戻ってくるグラデーションはありました。その感覚は微細とは言い難いかもか分からないのですが…、人から見た速度としては異常な速さだったのかも。けれど、無理な感じは一切無かったです。無駄な感じも。 帰り道にこれを書いているのですが、街の見え方がまるで違います!こんなところにスナックの看板だらけのビルがあったのかと気付きました。(しょーもない。)視界が縦横前後と大きく開けて空と地上がバランス良く見えてます。こんな遠くまで見渡せるとは。目が良くなったように感じます。(その対比でスマホをいじると視界狭っ!て感じてます)そして耳も。世界の夜の音がよく聞こえます。もうちょっと地に足付けようかと、煌々と光るコンビニで甘い物を買って、探し物がすぐに見つかる夜を感じています。 ただ、歩行のワークを思い返していたら、3、4年ほど前根津に住んでいたのですが、その頃京都の伏見稲荷神社にあるような小さなたくさんの鳥居の連なった通りが、根津神社内にもあり、そこを通ると頭上から手が伸びて来て頭の中を弄られるような粟立つ感覚と同じようなものが先ほど歩いていると来ました。人成らざる者…の気配。とても静かな白いイメージがあります。ワークの最中も、そういえば「何か来た。」と感じたそれは、白いイメージでした。 WSに参加するようになってから、やっと自分はここまで来れたのか、というのが今日の一番の感想です。普段から意識的に体を触ってない奴が、、です。(ただ、バレエを細々と続けているおかげで、普段から足には良く触る方なので、足の指を触ってると、それを愛おしく感じる感覚がバレエを習い始めた初期の頃にはあったのを思い出しました。ルーティンになってしまってましたね。体に触るのが。)でも、石のカード、グリーンガーネットのメッセージと同じく、私の中でも、ボディワークを通してやっと本当に本当のwide eyeを手に入れた。と感じています。これをまたなんとか薄れゆくんでしょうが、日常の意識に持ち帰って身体の切り替えスイッチを増やします。ありがとうございました。また次回を楽しみにしています!!
****************
まず、シャーマニズム、とは聞いていたものの、特別感や緊張感みたいなものは不思議とあまり有りませんでした。紹介頂いた「気流の鳴る音」を読んでいたからかもしれません。あの本を読んでいると安心するんです。文章を理解できてもできなくても。ただし、ワークの最初はいつも体が冷えていて、今日もそうだったのですが、中々指先まで温まらず、シェイキングをしたあたりからやっと温まりました。 ストレッチをして、胡座になって手を足に置いて深呼吸しだしたあたりから場の空気感が変わったのを感じましたが、そこでも、「ああ、変わったな。」というぐらいの感覚で見ていました。終わった後で、「あの時、空気ガラッと変わったよね。」と他の参加者の方から聞いて、「そういえばそうだったわ。」と気づいたと言ってもいいかもです。 そして、今日でやっと、目の焦点を合わさずに全体を見る、という感覚を体得できたように思います。 歩行のワークは、夢見心地でした。みんなぶつかっても、輪切りになって、すり抜けてぶつからない、みたいな。モノ化して、エネルギー体だけになっている。物質や実体といったものが曖昧になる不気味な盆踊りのようでした。魂が魚状態になって一つの大きな魚にでもなっていたんでしょうか。私だけ群れの中を早く泳いでいたようですが…。それでも群れの中で疎外感は無かったです。私は。 毎回思うのですが、その場に居合わせた参加者の巡り合わせが場の空気を決めるというのか、方向性が出てくるのか、と終わってから納得しました。今日は入り込みやすい人が多かったと思うんですが、私も普段より早く入って行った感覚があり、その代わり出て行くのも早かったです。ただし、ちゃんと現世に戻ってくるグラデーションはありました。その感覚は微細とは言い難いかもか分からないのですが…、人から見た速度としては異常な速さだったのかも。けれど、無理な感じは一切無かったです。無駄な感じも。 帰り道にこれを書いているのですが、街の見え方がまるで違います!こんなところにスナックの看板だらけのビルがあったのかと気付きました。(しょーもない。)視界が縦横前後と大きく開けて空と地上がバランス良く見えてます。こんな遠くまで見渡せるとは。目が良くなったように感じます。(その対比でスマホをいじると視界狭っ!て感じてます)そして耳も。世界の夜の音がよく聞こえます。もうちょっと地に足付けようかと、煌々と光るコンビニで甘い物を買って、探し物がすぐに見つかる夜を感じています。 ただ、歩行のワークを思い返していたら、3、4年ほど前根津に住んでいたのですが、その頃京都の伏見稲荷神社にあるような小さなたくさんの鳥居の連なった通りが、根津神社内にもあり、そこを通ると頭上から手が伸びて来て頭の中を弄られるような粟立つ感覚と同じようなものが先ほど歩いていると来ました。人成らざる者…の気配。とても静かな白いイメージがあります。ワークの最中も、そういえば「何か来た。」と感じたそれは、白いイメージでした。 WSに参加するようになってから、やっと自分はここまで来れたのか、というのが今日の一番の感想です。普段から意識的に体を触ってない奴が、、です。(ただ、バレエを細々と続けているおかげで、普段から足には良く触る方なので、足の指を触ってると、それを愛おしく感じる感覚がバレエを習い始めた初期の頃にはあったのを思い出しました。ルーティンになってしまってましたね。体に触るのが。)でも、石のカード、グリーンガーネットのメッセージと同じく、私の中でも、ボディワークを通してやっと本当に本当のwide eyeを手に入れた。と感じています。これをまたなんとか薄れゆくんでしょうが、日常の意識に持ち帰って身体の切り替えスイッチを増やします。ありがとうございました。また次回を楽しみにしています!!
****************
感想ありがとうございます!
「気流の鳴る音」紹介でき良かったです。 あの中にはハッとする言葉が散りばめられている感じがあります。 社会生活を送る上で忘れてしまったことや 生き物としての感覚など、いつもそばに置いておきたく鳴る本です。 今日のワークでは身体がありながらも そこがだんだんと空っぽになっていき エネルギー体になるような感覚があったかと思いますが 何人かの方から死のイメージ、が出てきたのも興味深いところでした。 見え方、変わりますよね。 見え方が変わると意識が変わるのです。 これを何回かやってみて 自分の中に定着させていくと 日々の身体の状態が変わるのです。 遠くまで見えること、 夜の音が聞こえる、というのはいいですね。 東京に住んでいるとどうしても 近いところに焦点を置き、狭い範囲を見ている ということが当たり前になりますので。 (私は東京生まれ育ちですが、神奈川に住んでから視線の広がりかたが変わりました) ともあれ、 身体はまだまだ変化しますし ご自身で気づいていないことも これから発見されていくと思います。 そのプロセスをまた楽しんでいただければと思います。
「気流の鳴る音」紹介でき良かったです。 あの中にはハッとする言葉が散りばめられている感じがあります。 社会生活を送る上で忘れてしまったことや 生き物としての感覚など、いつもそばに置いておきたく鳴る本です。 今日のワークでは身体がありながらも そこがだんだんと空っぽになっていき エネルギー体になるような感覚があったかと思いますが 何人かの方から死のイメージ、が出てきたのも興味深いところでした。 見え方、変わりますよね。 見え方が変わると意識が変わるのです。 これを何回かやってみて 自分の中に定着させていくと 日々の身体の状態が変わるのです。 遠くまで見えること、 夜の音が聞こえる、というのはいいですね。 東京に住んでいるとどうしても 近いところに焦点を置き、狭い範囲を見ている ということが当たり前になりますので。 (私は東京生まれ育ちですが、神奈川に住んでから視線の広がりかたが変わりました) ともあれ、 身体はまだまだ変化しますし ご自身で気づいていないことも これから発見されていくと思います。 そのプロセスをまた楽しんでいただければと思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます