最近の朝日新聞で、兵庫県の加西市のゼロ戦の飛行場だったところで、紫電改の実物大の模型を公開しているという記事を見ました。第一・第三日曜ということだから、今週末、加西市に行けば見られるのかなと、ふと思いました。少しだけ行きたかった。
わざわざ加西市に行かなくても、中部圏でもいろんなところで見られると思います。もう形もだいたいイメージできてしまう。だから、本当なら、わざわざ見に行かなくてもいいと思うんです。見に行ったって、写真撮ったら終わりという、その時のことまで想像できます。
だから、私は行きたいけど、行かないと思う。それにしても、何が魅力的だったのか? その新聞では、飛行場の端っこに引っ張り出されてる飛行機の姿に心惹かれる部分があったというべきなんだろうか。
もう75年以上昔の話ではあるのだけれど、その滑走路から飛び立つ飛行機たちがたくさんいて、当然そこには訓練を積んだパイロットたちが乗っていて、そんなに未来のある旅立ちではないのを自覚しつつ、それでも飛び出していかなくてはならなかった、そういう過去の人たちの思いが湧いて来そうで、そこに立てば、私みたいな者でも何か感じられるかなという微かな希望を持ったということなんでしょうか。
まあ、たぶん、後付けの理由です。私は小さい頃から、何となくゼロ戦は好きでした。戦後もある程度してから生まれた子どもなのに、どこで刷り込まれたのか、飛んでる姿を見たこともないのに、イメージだけが先行していた。前にも書いた「ゼロ戦ハヤト」の影響なんだろうか。
そもそも私が人生でプロペラ機を見て、プロペラ機そのものに乗ったのは、1989年のYS11が人生の最初で最後でした。
それくらい、プロペラ機も、ゼロ戦も、全く見たこともないのに、漫画とか、映画とか、アニメとか、いろんなところで刷り込まれてきました。どこかで郷愁を訴える人たちの影響も受けたのかもしれません。
戦争はイヤだし、飛行機は怖いし(今でも)、ゼロ戦なんて怖いくらい狭いし、閉所恐怖症になりそうなのに、イメージとして好きだった。甘い誘惑がありました。
何かがあるんだと思います。
でも、たぶん、加西市には行かない。悲惨な歴史は学んでいきたい。悲しい過去も知りたい。特攻も、そんなことを考えたヤツらは許せないと思う。
特攻の責任者は誰だ、と思っても、日本って、とことん責任を取らない国でした。会社が事件を起こして謝罪会見をして、頭を下げるところは今でも流されるけれど、それでみそぎは済んでしまう社会でした。あの人たちは、一度頭を下げたら、また自分の利益にまい進できるんだった。日本はそういう国です。いつまでもやれちゃう。まあ、日本だけがそんななのではなくて、金もうけをしたい人は、とことんやっちゃうもんなんだろうな。
日本の戦争責任は? いや、別にアメリカだって、ベトナム戦争から、湾岸戦争、アフガニスタン進駐、イラクへの駐留、あれこれ理由をつけてやってきたけど、何も生み出さなかったし、あれだってだれも責任を取ってない気がする。
今ごろになって、経費が掛かるから、イラクからも、アフガニスタンからも、手を引きたいと言っている。イスラエルはサポートする。サウジはどうだろう。もう、わからないな。
すべては、やってしまったもの勝ちで、あとは結果は何とかなる、みたいな世の中という気もする。
そうです。ゼロ戦は見に行かない。ただ悔しいだけ(というふうに自分に言い聞かせて、絵を描いたり、イメージしたりして、人々の無念さをかみしめたいと思います)。