昨日、午後から松阪市のお城公園内にある本居宣長記念館に行ってまいりました。唐突ですけど、案内してくれる人がいたので、三人でまわりました。
春の企画展は「宣長先生と大平さん」というもので、お弟子さんであり、本居家二代目の当主となった大平さんにスポットライトを当てたものだったようです。
昨日見てきたはずですが、この大平さん、「たいへい」と読むのか、「おおひら」と読むのか、そこの表示はありませんでした。宣長記念館は基本は文書の展示ですから、文書の展示というのは地味だし、何が書いてあるのかわからないのが基本だから、この文書はどういう内容で、宣長さんと大平さんとをどんなにしてつなぐ文書なのか、詳しい解説が欲しいところでした。
立ち止まって解説を読まなきゃいけない展示、時間をかければ見られるのだろうけど、よほどの余裕と見る気持ちがないと見られないものでした。ましてやジジイ根性で、短気でこらえ性がない私などは、すぐに諦めてしまうところがありました。
ああ、宣長さん、せっかく見に来てこのザマです。何を見に来たというんでしょう。
宣長さんの息子さんは春庭(はるにわ)さんという方がおられました。この方に宣長さんとしても期待しておられたようですが、目を悪くされ、鍼灸師として生きていくための勉強を京都でされて、松坂でそのお仕事をされたのでしょうか。それで家の方は、お弟子さんだった大平さんを養子にして後継ぎとさせた。
それからも、本居家は松阪で生きていったようですし、末裔の方が今もおられるような話を聞きます。でも、実際にどんな方なのか、お会いしたことがありません。それは残念で、過去の宣長さんばかりに向き合うけど、その流れをくむ人と出会えたら、どれだけ宣長さんがリアルになることか。そして、宣長さんの気持ちみたいなのを、私みたいなものでも感じられることでしょう。
ないものねだりをしてもしょうがないです。私は、自分なりの方法で、宣長さんに近づこうと努力するしかないのです。
金沢の友人なら、片っ端からネットオークションなどで関係する文書を落札し、自分の資料を増やしていく。それを一つ一つ自分のものにして、研究するというやり方で行くはずで、どれだけ彼の研究が進んでいるのか、わからないのですが、彼の手に入れた資料は地元の財産となっていて、時々は新聞などに取り上げられているそうです。
私は、それもできなくて、すごいなあと感心するばかり。何か一つについてとことんお金も何もかもつぎ込んでいく。まるでテレビの鑑定団に出てくるような人たちみたいなスタイルですけど、私はそれができていない(あまりやりたいという意欲もないのです)。
私は、ジジイなのに、何がやりたいというんだろう。時間はそんなにあるわけではないと思うけど、何がやりたいのか?
それがわかっていないのです。迷い多きオッサンのようです。とりあえず目の前の仕事をする。やりたいことは?
どれも中途半端で、何か一つにとことん取り組んでいるわけではない。こんなんじゃ何にもならない。
それがわかっているから、もどかしさは募ります。でも、打開策はない。
というんで、すぐ目先のことをやる、というところに戻ります。とことん近くだけを見る取り組みです。それでいいと思います。そして、つまらないことをして、少しだけ満足する。そういう感じで生きていくことにします。