1 紅白での島津亜矢さん、歌が上手でした。たぶん、演歌の人だと思われます。調べてみたら、熊本出身の方でした。何もかも知らなくて、いつもネットのお世話になっていますけど、歌を聴いていて、クラッシックの人がたまたま着物を着て、たまたまポピュラーの曲のカバーを出して話題になったから、出たのか? と、思うくらいに演歌の人ではありませんでした。
中島みゆきの「時代」ですか。中島みゆきさんは好きなんだけど、「時代」という曲はそんなに好きではなかったんですけど、久しぶりに見直しました。
でも、「時代」は若い人たちがコーラスで歌っているのをテレビで見たことがあって、あの真面目さ・あのことばへの思い入れみたいなのを見ているので、どんなに上手に歌われても、それを越えるものは難しいです(個人的な感想です)。歌の名人の「時代」よりも、コーラスの「時代」の方が私は好きでした。
2 時代というと、今日歩いていて、「ああ、とうとう新しい年号になるのか……。
ちょっと待てよ。明治天皇は四十数年、大正天皇は十数年、昭和天皇は六十四年まで、平成天皇は三十一年までそれらを足したら明治百五十年記念になるのです。四人で割ると一人平均三十七年くらいでした。
次の天皇はご兄弟で三十数年、次の世代は、愛子さんでもアキシノさんとこの坊ちゃんでも三十数年、こうして三十数年ごとに年号を変えていく方式でやっていくのかな……。天皇家もならしてみたら、世代で交代しているわけなんだ!」
と思いました。私として発見だったんですけどね。
「時代」じゃなくて「世代」は、三十年周期のジェネレーションということになるみたいだけど、天皇家もちゃんとその数字を平均して上手にカバーしあっているわけです。
1989~2019というのも、世界的にもいろいろな周期があって、私もたまたまそれに乗っかって、三重県で三十年過ごしてきました。あと三十年人生があるとしたら(希望を持っていきたいです)、何か新しいことができるといいなあ。でも、何をしましょう。自然環境の整備かな。ナチュラリストになりたい。自給自足もしたい。でも、ネットはやりたいな。
3 柳川を歩いていて、オノ・ヨーコさんのご先祖さんのお家跡というのを見つけました。そうでしたか、オノ・ヨーコさんのルーツは柳川にあったのですね。びっくりでした。そのまま、北原白秋博物館にも行きました。その全身の白秋さんのお姿を見ていて、誰か知っている人で、こういう人がいたなあと思ったら、これまた福岡出身のタモリさんと全体の姿が似ていると思いました。
タモリさんは心外かもしれないけど、顔つきも何となく似ていました。芸能界や文化の世界に福岡の人たちはものすごく躍進していて、私はわりとそういう人たちを支持してしまうから不思議です。
今度、白秋さんの本でも古本屋さんで買おうと思いました。博物館では岩波文庫を買いませんでした。ザンネンでした。
4 博多の駅付近のセブンイレブンでお水とペットボトルのコーヒーを買いました。店員さんは「ドン」という名札を付けていました。ドンさんって、ベトナムかな、顔を見たら、フィリピンではないという感じでした。滑らかな日本語で対応しています。バイトなんでしょうか。さすが国際都市の福岡です。もう1人店員さんがいましたが、その方は「ギク」さんでした。ドン・ギクのコンビのコンビニでした。
たぶん優秀な人たちなんだろうけど、日本はいつまでこういう人たちに来てもらえる国でいられるのか、次の30年でとことん落ち込んでいるのか。30年なんて、あっという間です。でも、個人的には30年前にもどれないし、もしもどれても、どうにもなりません。
世の中的には、1989年はついこの間です。でも、若い人には遠い昔なんでしょう。1989年にどんなことがあったのか、三重県に帰ったら、もう一度落ち着いて振り返らないといけないです。
「時代」は好きな曲ですが、中島みゆきの歌としてよりも、ノスタルジックな番組の挿入音楽として馴染んだ印象が強いです。彼女の曲としては、多くの歌手がカバーしている「糸」も大好きです。
柳川と言えば、私の住んでいる町は昔、柳川丁と呼んだところです。関ヶ原で敗れた立花藩の家臣を加藤清正が預かって住まわせていたことからこの名がつけられたといわれています。その立花藩家臣団のリーダーが小野和泉という戦国武将で、かつてはオノ・ヨーコの先祖といわれていましたが、今では別の小野家であることがわかっています。
若い頃、20年前に戦争があったといわれると、随分昔の話のような気がしましたが、今、30年前といわれてもついこの前ですよね(笑)