『新古今和歌集』から、シカと秋の短歌を抜き出してみます。秋の下巻からです。
下紅葉(したもみじ)かつ散る山の夕時雨(ゆうしぐれ)濡れてやひとり鹿の鳴くらむ[藤原家隆朝臣]
山の下は紅葉になっています、けれども散る紅葉もあります。紅葉を散らすかのように夕暮れの時雨が降ってきます。冷たい雨に濡れてひとりぼっちのシカは鳴いているようです。
山おろしに鹿の音(ね)高く聞こゆなり尾上の月にさ夜や更けぬる[入道左大臣実房]
山を吹き下ろす風に乗ってシカたちの声が聞こえてきます。きっと誰かを呼んでいる声なのでしょう。山のてっぺんで輝いている月によって夜は深まっていきますし、人恋しさも増していくようです。
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらむ[俊恵法師]
嵐の吹き荒れている真葛(まくず)が原に啼いているシカは、誰かに思いのたけをすべて伝えようとするような彼女を求めるような声のようだ。
鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思いを[前大僧正慈円]
夜に啼くシカの声に目が覚めてしまいました。さて、それでは秋の夜の夢のつづきを見てみましょうか。ちゃんと眠れるかどうか、何となく落ち着かなくて、夢を見られるものなんでしょうか。少し自信がありませんけれど。
寝覚めして久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる[源道済]
目が覚めてしまいました。しばらく時間は過ぎていて、秋の長い夜も明けるのかもしれないですよ、もうシカたちが鳴きかわす声が聞こえています。こんなに寒くて静かな夜に、シカたちは何をしているんだろう。
やまざとの稲葉の風に寝覚めして夜ふかく鹿の声を聞くかな[中宮大夫師忠]
山里の稲の穂波を揺さぶる風に目が覚めて、深夜のシカの鳴く声を聞いています。
ああ、みなさん、山のお月さんと鹿の鳴き声、稲穂の波の風とシカ、秋の長い夜、いろんなタイミングでシカの声を聞いていますね。
確かに、シカは見ている分には、リアルだし、大きいし、堂々としている。ところが声を聞かせてもらうと、あら、こんな甲高い声でコミュニケーションをとるんだねって、ビックリしてしまう。ギャップがありますね。でも、声を聞いているだけだったら、秋の夜の風物とつなげられます。
月と星 夜の広がるこの町のかすかなシカの音サイレンは消す[わたし]
新境地みたいなのを出そうとした、ということはなくて、ただのスケッチしか書けないですね。