17【太公(たいこう)( )】 18【覆水(ふくすい)( )に返らず】
適切な漢字一字を!
17の意味……釣りをする人。釣師。または、素人の釣り好きの人。
18の意味……一度こぼれた水は二度とはちには返らない。転じて、一度別れた夫婦の仲はもとどおりにはならない。済んでしまったことは取り返しがつかない。好機は二度と得難いなどの意味になります。
太公○の本名は「呂尚(りょしょう) 」といいました。彼が釣りをしているときに、周の西伯昌(せいはく・しよう)という人に出会います。本当に出会ったのか、あとから作られたエピソードなのか、昔すぎてわかりませんが、たぶん出会ったのでしょう。
出会いは、どこに生まれるのかわからないものです。出会っていても、出会おうという意志がなければすれ違うものだし、やはり出会いたいという気持ちは大切ですね。今回は、ひょっとすると、相思相愛だったのかもしれませんけど、西伯さんも、呂尚さんもいい人にめぐり会いたいと思っていました。
西伯さんは後に文王と呼ばれた人ですから、王の位につくほどの存在の、ある程度まわりからリーダーとして人望があったでしよう。実際は、息子さんの武王さんが周を建国して、お父さんである西伯さんに王号をおくったことになっています。父が「文」で、息子が「武」なんて! 2人合わせたら「文武」になります。なんだかできすぎの名前です。もう少しヒネリが欲しいですね。まあ、昔の人の名前にケチをつけても、何にもなりません。実際にそういう名前で通っていたのだし……。
西伯さんが狩りに出ようとしたときに、何が獲れるのか占いをしたそうです。すると、「竜でもなければ、クマでもないし、トラでも、ヒョウ(中国にヒョウがいたのかな?)でもなく、手に入るものは、世の中のトップに立つ人を助ける人物です」という、何とも不思議な結果がでました。
そうなると、西伯さんも気分が違いますよね。猟よりも、どんな人と出会うのか、そっちばかりが気になって仕方がない。その人物を手に入れたら、自分は将来広大な中国大陸を支配できるかもしれないのですから、そりゃもう、人物を探したことでしょう。
そこで出会いの場面があって、瞬時にビビビと来たのかもしれません。少し話をしたら、ほれこんでしまい、自分のクルマに乗ってもらい、それからは師匠として日々大切にしたのでした。昔も今も、政治家にはいいブレーンが必要です。
西伯さんはその後、やがて息子が滅ぼすことになる殷の国に視察に出かけるのですが、すでに殷としては、将来をおびやかす要注意人物として西伯さんに目をつけていて、そのまま拉致してしまいます。そこで、呂尚さんは殷の王妃たちにワイロを送り、無事に西伯さんを救い出すなど、様々な功績がありました。
そんなこんなで、西伯さんは呂尚さんのことを、「君こそは、今は亡き父(〓太公)が予言した人物だ」と最大限の評価をします。すぐには結果は出ませんでしたが、息子さんの代にみごと殷を倒して、呂尚さんは周建国の功労者となります。《十八史略》
呂尚さんの発言で「覆水は定めて収め難し」(離縁した夫婦はもとに戻らない)というのがあったそうで、復縁を迫る前妻をあきらめさせたのだと、高校3年生の時、英語の時間で習いました。
習った英文は「It is no use cring over spilt milk.」というコトワザでした。あれからもう30数年が経ちました。でも、『史記』にはそうした記述はありません。カットしたのか、それとも他の夫婦のエピソードが呂尚さんにこじつけられたのか?
ダメ夫がのちのち出世して、別れた妻から復縁をのぞまれたというのは、たくさんあったでしょうね。その最初の夫婦が呂さんと前妻だったんでしょう。
答え 17・望(ぼう) 18・盆(ぼん)
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17の意味……釣りをする人。釣師。または、素人の釣り好きの人。
18の意味……一度こぼれた水は二度とはちには返らない。転じて、一度別れた夫婦の仲はもとどおりにはならない。済んでしまったことは取り返しがつかない。好機は二度と得難いなどの意味になります。
太公○の本名は「呂尚(りょしょう) 」といいました。彼が釣りをしているときに、周の西伯昌(せいはく・しよう)という人に出会います。本当に出会ったのか、あとから作られたエピソードなのか、昔すぎてわかりませんが、たぶん出会ったのでしょう。
出会いは、どこに生まれるのかわからないものです。出会っていても、出会おうという意志がなければすれ違うものだし、やはり出会いたいという気持ちは大切ですね。今回は、ひょっとすると、相思相愛だったのかもしれませんけど、西伯さんも、呂尚さんもいい人にめぐり会いたいと思っていました。
西伯さんは後に文王と呼ばれた人ですから、王の位につくほどの存在の、ある程度まわりからリーダーとして人望があったでしよう。実際は、息子さんの武王さんが周を建国して、お父さんである西伯さんに王号をおくったことになっています。父が「文」で、息子が「武」なんて! 2人合わせたら「文武」になります。なんだかできすぎの名前です。もう少しヒネリが欲しいですね。まあ、昔の人の名前にケチをつけても、何にもなりません。実際にそういう名前で通っていたのだし……。
西伯さんが狩りに出ようとしたときに、何が獲れるのか占いをしたそうです。すると、「竜でもなければ、クマでもないし、トラでも、ヒョウ(中国にヒョウがいたのかな?)でもなく、手に入るものは、世の中のトップに立つ人を助ける人物です」という、何とも不思議な結果がでました。
そうなると、西伯さんも気分が違いますよね。猟よりも、どんな人と出会うのか、そっちばかりが気になって仕方がない。その人物を手に入れたら、自分は将来広大な中国大陸を支配できるかもしれないのですから、そりゃもう、人物を探したことでしょう。
そこで出会いの場面があって、瞬時にビビビと来たのかもしれません。少し話をしたら、ほれこんでしまい、自分のクルマに乗ってもらい、それからは師匠として日々大切にしたのでした。昔も今も、政治家にはいいブレーンが必要です。
西伯さんはその後、やがて息子が滅ぼすことになる殷の国に視察に出かけるのですが、すでに殷としては、将来をおびやかす要注意人物として西伯さんに目をつけていて、そのまま拉致してしまいます。そこで、呂尚さんは殷の王妃たちにワイロを送り、無事に西伯さんを救い出すなど、様々な功績がありました。
そんなこんなで、西伯さんは呂尚さんのことを、「君こそは、今は亡き父(〓太公)が予言した人物だ」と最大限の評価をします。すぐには結果は出ませんでしたが、息子さんの代にみごと殷を倒して、呂尚さんは周建国の功労者となります。《十八史略》
呂尚さんの発言で「覆水は定めて収め難し」(離縁した夫婦はもとに戻らない)というのがあったそうで、復縁を迫る前妻をあきらめさせたのだと、高校3年生の時、英語の時間で習いました。
習った英文は「It is no use cring over spilt milk.」というコトワザでした。あれからもう30数年が経ちました。でも、『史記』にはそうした記述はありません。カットしたのか、それとも他の夫婦のエピソードが呂尚さんにこじつけられたのか?
ダメ夫がのちのち出世して、別れた妻から復縁をのぞまれたというのは、たくさんあったでしょうね。その最初の夫婦が呂さんと前妻だったんでしょう。
答え 17・望(ぼう) 18・盆(ぼん)