こちらに行かせてもらったのは、1985年の11月23日だったそうです。
この頃は、特に孔子さんが好きというのではありませんでした。ただ、湯島の聖堂は、幕府の学問所の最高峰があり、ここに御家人さんやいろんな人が学び、その学んだことを実践していく、そういう場だったのだなという知識はあったでしょうか。
幕府を支える学問とは、儒学や朱子学というものだったのでしょうか。そこからいろんな学派・系統があったと思われますが、私には記憶できませんでした。何だか他人事だったんでしょう。そんな儒学で世の中が治まるなんて、リアルな感じではありませんでした。
だったら、現代の政治は、何を基本に動いているのだろう、と思ったら、哲学的なものよりも経済力学で動いているだけで、ちっともその裏に政治家を支える思想・哲学・主義・スタイルというのは感じられません。
今一度、政治家の皆さんも、哲学的な柱を獲得しようと、遠回りかもしれないけど、「論語」を読んでみるとか、してくれないでしょうか。そして、すべての人々に孔子さんの教えを、コツコツと学ばせること、できないのかなあ。
日本だけがやってなくて、世界ではやっているのかもしれませんけど、今の日本には「論語」が読まれているという感じはないですね。
湯島から、こんにゃく薬師、伝通院、豊島墓地の漱石のお墓と、『こころ』のゆかりの土地をめぐる町歩きをしました。それから30年以上経過した今、全くこれらの土地の記憶はありません。ただ、古ぼけた写真が出てくるだけです。
自分の足跡を再びリアルにさせるには、何十年も読み続けている『こころ』を再び手に取るしかないのでしょう。読んでみても、すぐに立ち上がるわけではないけれど、自分の歴史と漱石先生の言葉と、『こころ』の中の人たちのドラマとが混然一体となって現れてくれたらうれしいけど、自分が実際に歩いたというのは忘れていましたね。
フィルムの整理をしていて、突然思い出しました。表紙の写真は、スライドから取り込みました。