昨日だったか、道沿いに梨の花が咲いているのが見えました。クルマを運転しているし、止められるところではなかったし、こんなところに梨の畑(ブドウのように棚になっています)があったなんて、というそれだけで驚きでした。
どこか、よそのクルマを止められそうなところはないか、と探してみましたが、いざ探すとなると、なかなか見つかりません。栽培用ではなくて、大きな木になっている梨の木の花、これもなかなかの壮観なんですけど、これも見たい時には花はありません。
梨の花は一気に咲くし、しばらくしたらすぐになくなってしまいます。だから、本当にそこに花が咲いていたのかと思ってしまうくらいに、すぐに花は消えてしまう。
今年も、梨の花が咲いてるのを見た、という奥さんの報告を羨ましく聞くだけです。リンゴの花も、梨の花も、白い花だけど、桜ほどの華やかさはないけれど、光り輝いているのがとても素敵ではあったのです。でも、今年も縁がなかったのだと諦めていたら、散歩していて、小さな畑で咲いてる梨の花に出会うことができました。何という幸せなんでしょう。
うれしいことに1つ見つかりましたね! これでものすごく満足しなくちゃ!
でも、どこを歩いてたんでしょう。
たまたま阿漕の平治でお馴染みのところを歩いていました。やはり、海側の土地だから、砂地が好きな梨には最適なんでしょう。
大々的に梨畑にしてくれたらいいけど、民家もあるし、小さな空地の梨畑というところかな。
阿漕の平治って、何をした人でしたっけ?
おうちが貧しくて、お母さんが病気がち、家の前の海で魚でも取りたいけれど、この海は禁漁の海で、伊勢神宮に納めるためにだけ漁をすることができました。
漁師さんたちは、目の前の海では営業せず、よその海で魚を捕るようにしていた(のかな?)。さて、平治さんは、目の前の海が豊かな海であるのを知っていた。そして、母にヤガラという口のとがった、赤っぽい魚(今も高級魚なんだそうです。もちろん、私は食べたことはありません)を捕まえてしまった。捕まえたら、どうしてもお母さんに食べさせてあげたかった。
単純な話です。普通の親孝行でした。けれども、村のルールはあるし、村人は平治さんを簀巻きにして海に沈めてしまいました。そんな親孝行息子までも犠牲にして村のルールは守られていきました。
矛盾を感じる人々もいたことでしょう。どうして、こんなひどいことをしてまでもルールを守るのか。たぶん、村人は平治さんのお母さんの面倒は見たはずですけど、やはり恨みがましいものが残り、供養するための塚もでき、神社は残っていないけれど、ほぼそれに近い供養の仕方で霊を慰めてきた。
これは、中世にはもうすでに伝わっていた物語だったそうで、謡曲「阿漕」はそのお話をもとに、幻影を登場させることに成功します。
物語は、九州から旅の僧が伊勢神宮参詣の旅にやって来るのだそうです。街道も近くにあるので、阿漕が浦にさしかかります。お伊勢さんはあと少しのところです。そこで、一人の老いた漁師に出会うことになっています。
おそらく、この老漁師は面をつけていて、この人が幻影役になるのかな。おじいさんは古いお話を語ってくれて、旅人はここに伝わる悲しいお話を聞くことになります。
今でもずるい人、せこい人を「あこぎ」とレッテルを貼ることもありますが、そんなマイナスイメージよりも、悲しい物語ではあったのです。そして、単純な親孝行の話なのに、人の世界では、それを悪用し、人の行動を規制するために使うことになってしまった。
旅人は、おじいさんから聞かされた話にシンミリしたら、幻影のおじいさんは消えてしまうし、人の魂を鎮めるのがお仕事のお坊さんなので、阿漕の平治さんの霊を鎮めるようお祈りをするのでした。
さて、私は阿漕の街を歩いていたんですね。
そして、住宅街の中に突然現れた森に吸い寄せられ、阿漕塚を発見しました。三重県に住んで三十年以上経過して、初めて見つけた平治さんの供養の森でした。
それからは、昔の旅人たちも、謡曲でも有名だし、ことばも知ってるし、お伊勢さんはもうすぐだし、万感の思いを込めて、こちらでお祈りしたでしょうね。
私も、これから何度かお参りしたいと思いました。芭蕉さんだって来てたみたいです。