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私は、こんなオッチャンになっても、トボトボと『論語』を読ませてもらっています。若いときからすると、とても考えられないことでした。
若いとき、もちろん『論語』なんて、なんとも思ってなかったし、そんなもの、あまり役に立つとは思えませんでした。教科書なんかで取り上げられているところは、わざとらしくて、教訓的で、孔子先生を感じることもできないし、何しろテストでいい点を取らなくてはなりませんでした。でも、取れなかった。
若い時って、お節介なことばが嫌いです。もっと大きなホラとか、世界を変えられるとか、人を動かすことができるとか、女の子にもてるとか、ありもしないことの方が好きだったような気がします。そんなの、コツがあるわけでもないのに、そういうのを求めてた、はずです。
こんな年になって、『論語』を開いても、もう遅いのは確かです。でも、完全に遅れたわけではないから(乗り遅れているのは確かですけど)、気づいたときに読もうとすればいいんです。とにかく、心は開いていかなければならない。
若いときは、その導入でもいいのだから、とにかく、孔子先生という方がいたんだというのを知っておかなければならない。知るだけでもいいと思う。つまらないでも、お説教くさいでも、まあ、正論かなでも、何でも思ってもらえたらいいなあ。
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子曰、「三年無改於父之道、可謂孝矣。」
子の曰わく、「三年、父の道を改むること無きを、孝(こう)と謂(い)うべし。
先生が言われた。「父が死んでから三年の間、そのやり方を改めないのは、親孝行だと言える。」
三年というのは不思議な数字です。実質の三年ではなくて、二年と一日でもいいわけで、それなりの日数、ずっと父のことを思い、父のやり方を振り返り、父の残した思いをたどる、それはすごく大事で、貴重で、つらいけれどもやっておかなくてはならない道でした。喪に服する、三年泣かず飛ばす、石の上にも三年と、三年というのは、人間にとって、試練の時間でもあるのでしょう。
子曰、「父母之年、不可不知也。一則以喜、一則以懼。」
子の曰わく、「父母(ふぼ)の年は、知らざるべからず。一(いつ)は則(すなわ)ち以(も)て喜び、一は則ち以て懼(おそ)る。
先生が言われた。「父母の年齢は知っていなければならない。一つにはそれで長生きを喜び、もう一つにはそれで老い先きを気づかうのだ。」
他人の子どもは知らない間に大きくなります。そして、自らも知らない間に年を取ります。そして、親たちも、いつまでもそこにいるのかと思ったら、知らない間に年を取り、いなくなってしまう。もっといろいろ一緒の時間を過ごせばよかった、と後で反省をしますが、たぶん、時間があれば、違うことをして過ごして、あまり親と一緒の時間を持つ、ということはしません。
親は、「それでいいのだ」と言うし、本人たちも「あれこれ忙しくて」と言い訳して、結局、簡単には一緒にいる、ということができません。それが現代の親子の関係という気がします。
だから、親の年齢を祝う、というのは、大切なことでもあり、喜ばしくもあり、悲しくもあるのです。当たり前なんだけど、つい忘れてしまう。
子曰、「古者、言之不出、恥躬之不逮也。」
子の曰わく、「古者(こしゃ)、言(げん)をこれ出(い)ださざるは、躬(み)の逮(およ)ばざるを恥じてなり。」
先生が言われた。「昔の人がことばを軽々しく口にしなかったのは、実践がそれに追いつけないことを恥じたからだ。」
これは、親子関係のことではありません。ただ、言うことと行うこととの関係です。
私は、口では言います。でも、行いがともなっていない。そういう時には、口を閉じて、もじもじしなくてはならない! 私という人間はダメだと、反省を態度で示さなくてはならないと思います。
孔子先生は、父母のことを語った後、このことばを述べておられます。たまたま、こういう順番になっただけかもしれないけど、私は反省しなくてはいけません。