基本は不寛容で、たいていは自己責任。人から攻められたら、陳謝したり、発言を撤回したりするだけです。それで世の中が忘れたら、また基本に戻る。
私たちは、百歳まで自分のことは自分で責任を取るように言い聞かせてられています。
そんな厳しい状況では、すべてにゆとりはないし、いつ自分がダメになるのか、それが怖くてビクビクしながら生活しなくてはいけない。
だから、どんな厳しい仕事でも、それがお金になるのなら、少しくらい無理してでも、仕事を引き受けることでしょう。どんなに高齢になったとしても、生活を維持するため、危険な仕事もしなくてはならない。
そんなの当たり前です。そういう仕事をする高齢者は、これからもどんどん出てくることでしょう。
道路工事で、警備員のお仕事をしている人たち。中堅の雰囲気の人もいるけど、そこに高齢の方たちもかなり入り込んでいます。この人たちが、どんな暮らしで、どんな生活で、どんな家族と一緒に過ごしているのか、それは知りません。
でも、確実に、コンビニ、サービス業、スーパーのレジ(私が出会う社会って、その程度ですね)など、いろんなところで高齢者の皆さんは働いている。
お金のためですから、仕方がないし、お金はいつになっても欲しいし、着実に給料として入って来るのであれば、それはぜひ引き受けなきゃいけないでしょう。
他にいい仕事があれば、そちらに行くけれど、お金とタイミングで、いろんな仕事に巡り合うのでしょうね。
私は、これからどんな未来を描いているのか、今のところボンヤリしていて、明るい未来は見えてこないのですけど、思っても見なかった仕事でも、やらせてくれるのなら、していかなくてはならないと思っています。
それで、今日、大阪の和泉市で化学薬品のタンクに70歳の作業員2人が落ちてしまって、2人とも亡くなったというニュースを帰りのクルマで聞きました。
人ごとではありませんでした。足腰もふらついたり、ちょっとしたことで落ちることもあるでしょう。
何時間後に助けられたら、硫化水素が出ていたタンクの中で、どうなったのか、詳しくは聞けなかったけど、苦しかったのは確かです。
そういう社会に私たちは進もうとしている。タンクの清掃を請け負う下請けの会社から派遣された人たちだったそうです。いつもやっている仕事場ではなかったわけか。そういうところに、パッと行かされて、無事に帰って来なくてはいけないなんて、簡単なものではありません。危険度も高かったでしょう。
でも、そんなに無茶な仕事ではないのかもしれない。そういう危険を抱えつつ、たくさんの人々はお仕事をされている。自己責任でやっていたということなのかな。
残念なことだけど、そういう事故で改めて自分たちの置かれた状況を知ることができました。
自分のことは自分で守るしかない。亡くなった人のご冥福を祈るのと、せめてこういう事故が無くなるよう、お願いするしかありません。流れは後戻りできません。どんどん突き進むしかないのかも……。