甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

若狭幻想(水上勉 1982 福武文庫)

2014年12月22日 22時21分55秒 | 本読んであれこれ

 素直に感心して読んだ「若狭幻想」のことを書こうと思っていました。その前に、少し水上勉さんって、どんな人だったっけ、と検索してみました。

 すると、長野で若くして戦死した人たちの絵を集めた無言館というギャラリーを運営している窪島誠一郎さんが息子さんだということがわかりました。水上さんはたくさんの女性と結婚されていて、あちらこちらにお子さんがいたらしいです。貧乏もして、たくさん恋愛もされて、時々はふるさとを思い出して、ふるさとの記憶やら、祖母の思い出や古老から聞いた話などをまとめて、この「若狭幻想」という本はできあがりました。

 本のきっかけは、第一話の「おんどろどん」の話を、ある大学で講演したそうです。それが評判となり、いくつかさらに拾い集めて、後日談も加えて、十五のお話ができたので、それらをまとめて本にしたそうです。

 一番感心したのが第十話「阿弥陀の前」でした。8月の14日のお盆、子どもたちはたいまつを土手で振り回す虫送り(田畑の虫たちを駆除するお祭りということでした)を行い、ある程度調子が出てきたら、阿弥陀堂の中に集まり、お堂の中に入り込む、そこを取り囲んだ大人や老人たちとのやりとりを行い、そのかけあいのセリフを水上さんが大人の目で解釈したものの、相変わらず意味がわからないところが残っていた。

 というのをどこかで発言したら、それをNHKのディレクターかが聞き込んだらしく、水上さんのふるさとへ取材にでかけたいと水上さんに持ちかけたというのです。行事は20年ほど前から行われなくなっていたのが、テレビが取材するということで復活することになり、それが縁で祭りのくわしい事情を知っていた古老より手紙が水上さんの所へ届き、この阿弥陀堂の前でのかけあい祭りには、実際にここを訪れた旅の女性と地元の男たちの悲しい歴史があったということが判明し、水上さんはそれらが解明されたのだと書いています。

 明るい話ではないので、百年くらい前の日本の姿を垣間見るようで、それらが日本の原風景としてあったのだと私は思うのです。今ある私たちの日本の風景は、何だかうわすべりというのか、本来の姿からかけ離れているというのか、幻の姿がクローズアップされすぎているというのか、水上さんが描く世界がすべてというわけでもないと思うのですが、こちらの方が歴史が古いような気がするのです。



 私たちが今豊かで何不自由ない生活を送っていると思っている、この今の生活は、ごく最近のことで、ほんの数十年、いや三十年前から見ても、仮の姿というのか、何か嘘っぽいというのか、本来あるべき姿を隠して、仮の姿でやっているような気がしてならなくなりました。

 私たちのこの生活は、これから生まれてくる若い皆さんからお金を借りて、彼らの苦しみの上にあぐらをかいて、今ある人たちだけが、楽をしてふんぞりかえって好きなことをしていますが、やはり偽物というのか、砂上の楼閣というのか、本当の私たちが築いた豊かさではありません。

 みんな未来の日本人に犠牲になってもらって、現在の人々さえよければそれでいいと築いた社会です。本来は水上勉さんの描いた世界であったはずなのに、すべて借り物でこしらえて、何となく立派に見えるように暮らしている。

 心も貧しいのです。エッチなことはものすごく大目に見られ(これほどのエッチ大国もないでしょう。アメリカよりもひどいかもしれない)、男と女のモラルも不安定で、家族も微妙なバランスの中で揺れ動いている。



 ああ、こんな私たちは、どこに向かっていくのか。私は、もっと昔の生活を見直し、自分の背丈にあった、ささやかな生活をしていきたいです。贅沢をせず、あまりお酒も飲まず、生きていきたい。

 ということは、こんなブログも無駄でしよう。……まあ、これは自分の修行と思って、やっていますが、あまり修行にはなっていないですね。反省しましょう。

 もっともっと、昔の日本人の生活を見つめていきたいです。今の私たちの生活で、いいものもあるかもしれません。でも、失ったものもたくさんあるはずです。それを探していきたいです。

 昔の生活には、もうもどれないかもしれない。どっぷり今の生活スタイルに慣れている感じです。それでも、少しずつシンプルで、ぜいたくしない、ギリギリのところでやっていける、人に迷惑をかけない、みんなが助け合うような社会って、できないですかね。それを自分からやってみないとダメだと思います。


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