石坂洋次郎さんの『何処(いずこ)へ』というのをまだ読んでいます。
主人公は帝大卒の文学士で、地域の名士にさせられつつあります。まだ若いけど、田舎では珍しいし、見込みのある人だからなのか、お医者さんや下宿屋さん、芸者やさん、いろんなところで主人公とお近づきになりたいというお嬢さんたちがチャンスをねらっています。
たまたま、けがの治療に出かけたお医者さんのところで、そこの一人娘の安子さんと二人きりになってしまい、彼女から突然にこんなお話を聞かされます。
「ねえ、伊能先生、私生きてることってほんとに楽しいと思っておりますわ。……私はいまマッチのペーパーと古切手の収集に凝っておりますの。ペーパーは四千枚ばかり、古切手は二千枚ばかり集まっておりますわ。そんなことでも私には毎日の暮らしに張り合いが感じられます。
趣味があるのは大事ですよね。普通なら、田舎のお嬢さんなら、お茶、お花、裁縫、ほかに女性の教養みたいなのがあると思うけど、彼女はそれもやっているはずだけど、こんなささやかな趣味を持っていました。
人生って、身体さえ丈夫なら、そして心に欲がはびこっておらなかったら、ほんのわずかの楽しみさえあれば、明るい気持ちで生きていけるものじゃないかと思いますわ。かりに私が夫に恵まれたとして、その夫が毎日料理屋遊びをしても、帰りに料理屋の変わったマッチを一個ずつ私に土産にもち帰ってくれさえしたら、私は幸福でいられそうな気がしますわ。もっとも毎日一個のマッチをもち帰るってことも愛情がなければできないことでしょうが……。
伊能先生、これからも変わった切手やマッチがお手に入りましたら、どうぞ私にくださいませんか。私は先生とお近づきにさせていただいても、そのお願いのほかは何の望みもございませんの。どうぞそのつもりでお心安くお付き合い願いますわ……」
この感じは悪くない人だと思われます。果たして伊能先生は彼女と結ばれるのか、それとも他の人なのか、誰も選ばないのだったっけ? 50年前に読んだ本ですから、全く記憶にありません。
でも、これは当時の女性からすると、かなり積極的なアプローチという気がするんだけど、どうなるのかな。あと100ページくらいだから、頑張って読んでいきたいです。