世の中、改革なんて言われると、何だかステキなことが起こりそうな気分や空気になります。改革によって世の中が変わるなんて、そんなのは幻想です。というか、詐欺みたいなもんでしょう。「改革する」という人は、真っ先に自分の利益を考えているはずです。
そもそも何を改革しなきゃいけないのか、なぜ改革なのか、あまり議論はされません。人々は「改革論者」の話なんか聞いている余裕はありません。そんなのはすぐに忘れてしまい、ムードだけがひとり歩きをします。
私たちは、忘れっぽいし、気分に流されがちです。
改革なんて、よその国でよくある話のすり替えなんだろうな。大事な問題は手出しできなくて(後まわし、棚上げ?)、攻撃対象になるところを痛めつけるのです。大事なことは、たくさんあるけど、誰も手を付けられません。それにはものすごくいろんなところからの抵抗勢力があるはずです。
「改革」は、それらしく、攻撃しやすいところをとことんやり玉に挙げる。教育なんて、もっともいい餌食でした。抵抗勢力もいないし、お金もかからないし、人々は割と興味があるし、いじりがいがあるし、古い伝統的な世界があるだけでした。もうどれくらいいじくりまわされたでしょうか。
共通一次試験というのが始まって、予備校や模試会社など、全国的な組織の会社がずっと収益を重ねてきました。でも、それも曲がり角で、予備校や模試の会社たちも新たなビジネスモデルを探しているでしょうね。
関西の威勢のいいあの人たちは、「改革」風ビジネスで儲けたことでしょう。あと数年は続くかなぁ。
改革なんてしない。とことん基本的なことを愚直にやり続けること、これしかありません。
アホかバカに見えようとも、基本的なことをやり続けたいです。改革に踊らされてはならないし、徹底的にムダなことをやりたいな。もちろん、私のやることなすこと、どれもそうなっていますね!
それで、太平洋の西南にガラパゴス諸島というのがあって、進化の波から取り残されたということになっています。でも、貴重な生き物たちがいて、世界から憧れられてもいる。
私たちは、そういうガラパゴス的な近代的な島国というのをめざし、古くさいことと新しいこととを同居させ、なるべく無駄な努力もしないで、昔風の生き方で現代に乗り出していく、そういう工夫も必要だと思います。
なにしろ、「改革」とやらは、莫大な借金を生み出し、人々を疲弊させ、ゆとりをなくし、一部のものだけが利権にありつく、そういう不平等社会を生んでいるみたいです。
人間なんて、不公平なものだし、差別をしがちな生き物だけど、それを許してはいけないと思うのです。不正は正さないといけないのに、今の世の中、何となく許されてる人たちはぬくぬくとして、正直者がバカを見る、そんな世の中になってる気がして、いけないなと思っています。
若山牧水さんの短歌、今度買ってきます。私はまるで不勉強で、仕事もちゃんとできてないです。ひたすら反省です。