とうとう買い物にも行かず、散歩もせず、ずっと家にいました。写真も撮りませんでした。
したことというと、伸びすぎた木の先端を切りそろえ、切ってしまった枝の処理をして、それで疲れて昼寝して、少しだけ阪神タイガースが中日にやられるのを見てしまい、「また、こんなにして時間を無駄にしてしまった」とガッカリして、ふたたび庭仕事をして、夜は一人でゴハンの前にビール一本飲んで、それでいい気になって、お風呂入って、「さあ、ブログしよう」と思いましたけど、気持ちが乗りませんでした。
やはり、無気力に過ごしていると、何か書きたいという気持ちもなくなるんでしょう。
いや、別に無気力という訳ではなかったのです。やろうと思えば何だってできたのです。
でも、やろうと思えなかった。
気持ちって不思議です。休みの前は、あれやこれやと心の中で思い描くんです。京都の国立博物館に行って、観心寺(大阪の河内長野)の寺宝を見せてもらおうとか、京都駅前のポルタの古本市は今日までだから、ぜひ行ってみたいとか、いや、それとも、名張(三重県西部の近鉄の走ってる町)に行って、名物のブドウを買って来よう、ついでに金沢の友人に送ってやろう、彼は果物に飢えてるみたいだから、喜ぶかなあとか……。
あれこれ考えていました。
もちろん、奥さんに言いません。心の中で思ってるだけです。
奥さんは、「どうしてブログを見て、そういうことを教えてもらわなきゃいけないの! ちゃんと話をすればいいじゃない!」と言います。
まさにその通り! なのに、つまらない思いつきだから、特に話すことないし、どうせ実現しないのだから、心の中で思ってるだけだい! と言い訳するのです。いや、言い訳もしないで黙っているだけか……。
土曜日の「ブラタモリ」の境港・米子編はおもしろかったし、地元の人は、島根半島に不思議な力がある、なんて思ってなかったかもしれないな。よそ者だけが、どうしてこんな半島があるの!? と驚くだけです。
あの半島は断層によって生じたそうですが、ツイッターには、能登にも、佐渡島にも同じような、同じラインの断層山塊があるよ、と教えてくれていました。
そうだったのか、弥彦山は違ってたのか。でも、佐渡の山は、同じラインにあるそうで、人々はそこに何とも言えない力を感じてたんでしょう。
2017年8月に見た弥彦山、広大な新潟平野からすると、何だか不思議な山でした。確かに麓には神社もありましたよ。
パワースポットって、断層・断崖・どこかの先端に生まれたりするけど、そういうところへめぐる旅、まだまだやり足らないです。
そして、地元の人はそれを感じていないって、なかなかおもしろいです。あまりに身近にありすぎると、その偉大さが分からないって、よくあることなんですね。
そういう不思議なところへ、明日はいけますか? さあ、どうだろうな。