
さて、雨も降っていることだし、もうすぐ寝なきゃいけないし、もう寝る前に書けるだけ書いてみます。
予譲(よじょう)さんは、以前范氏(はんし)に仕え、そのあとに中行氏(ちゅうこうし)に仕えたそうです。仕える人を変えたのは、待遇がよくなかったからです。適当な待遇では気が済まなかった。もっと自分の力を爆発させたかったし、その爆発力を生むには、普段から主君に「あなたはいつか役に立ってもらいますからね。期待してますよ。そのために私は、あなたに最高の扱いをさせてもらいます」という期待のことばと待遇が欲しかった。
新たな関係を求めて晋の実力者である智伯(ちはく)さんのところに行きます。智伯さんは予譲さんをとても尊敬して寵遇(ちょうぐう)をしたそうです。
その智伯さんが趙襄子(ちょうじょうし)さんの攻略に出かけ、一緒に攻城戦を行っていた韓氏・魏氏に裏切られて智伯さんは滅びてしまいます。その子孫は絶滅させられ智伯さんの領地を三分されました。
趙襄子さんは智伯さんを怨んでいて、その頭蓋骨に漆を塗って酒器にします。予譲さんは山中に隠れ、まわりの人にこのようなことばを残します。
「人としてこの世に生きていく人間は、自分自身を理解してくれる人のために死ぬものであり、それと同様に女は、自分を愛してくれる人にために自分を美しく飾ろうとするものなのだ。
智伯様は私を評価してくださった。私は必ず智伯様の恩に報いるために死ぬつもりだ。私は自分の命が終わったとしても、智伯様に報いることができれば、私の魂として恥じることはなにもないのだ」
潜伏中に名前を変え、刑罰を受けた人になりすまし、趙襄子の宮殿に入り込み、便所の壁を塗る仕事をさせられているふりをしながら、短刀を隠し持って趙襄子さんの命を奪うチャンスをねらっていました。
趙襄子さんは便所に行って心が不安で乱れたといいます。なかなかカンのいい人です。そこで、便所の壁を塗っている受刑者を捕まえて訊問すれば、それは予譲さんでした。
予譲さんはすべてが露見した後に言います。
「私は智伯様のために仇打ちをしたいのです。あなたを殺してさし上げたい」
左右の者が予譲さんを誅殺しようとしますが、趙襄子さんは言うのです。
「彼は義人である。私が慎重に構えて避ければいいのだ。すでに智伯は滅びて子孫もいないのに、その旧臣が仇を報じようとしている。これは天下の賢人ではないか。たいしたものだ。」と述べ、予譲さんを無罪放免にします。
それからしばらくして、予譲は身体に漆を塗って癩病(らいびょう)の患者を装い、炭を飲み込んで声が出ない人になり、顔はどこの誰なのか分からないように全身を変えてしまいます。
市場でものもらいをしていても、奥さんでさえ自分の夫の変わり果てた姿なのだと気づけなかったそうです。
たまたま友人は気づいて言いました。
「君は予譲くんじゃないのかい?」
「たしかに、私は予譲だ。」
友人は予譲さんのために泣いて言ったそうです。
「君ほどの才能がある人なら、家来として相応の態度を取れば、趙襄子様は必ず君を家来の中でも側近に取り立てて寵遇(ちょうぐう)するだろう。
君を側近にして寵遇したら、その時こそ君の考えている仇討ちを実行すればいいではないか。そのほうが易しいだろうに……。どうしてそんなに身体を損なって苦しめ、趙襄子に報復しようとするのか? そのほうが苦しい道だと思われるが……。」
予譲さんは断固として答えます。
「家来として臣下の礼を取って人につかえておきながら、その主君を殺そうとするのは、二心をいだいて主君につかえることだ。ものすごく中途半端で、許されないことだ。
実際に、私のやろうとしていることは苦しい道かもしれない。そうしたことをするのは、後の世の人々から、家来でありながら二心をいだいてその主君を殺したという、とんでもない侮辱を受けたくないからだ。私の行いは後の世の人々から笑われないため、正々堂々と敵討ちをして、とことんそれができるチャンスを見つけるためだ」と言うのでした。
友人は何も言えず、そのまま別れてしまいます。
予譲さんは個人で暗殺計画を立てています。飛び道具はありません。接近戦で、警備の薄いところを一突きでやらねばなりません。

ということで、ある時、橋の下でじっとチャンスをねらっていました。まんまと趙襄子さんがやってきます。でも、この人はカンがよくて、「誰かが橋の下にいる、ちょっと見て来い」と家来に言います。
すると、潜伏している割に、意外と堂々としている予譲さんが見つかり、そのまま捕らえられてしまいます。何しろずるいことが嫌いな、ものすごく目立つのに、潜伏していることになっている暗殺者なのです。
もう趙襄子さんとしても今回は許すわけにはいきません。もう、この暗殺者を処分しなければならない。さて、どうするのか。
それでも、こんなにまでして、顔も声も生活もすべてを捨てて、ただ自分を殺すためだけに生きている男が目の前にいます。何か言い残すことはないのかと訊いてしまいます。
予譲さんは「私はもうここまでです。私は私のできる限りのことをしてあなたを殺そうとしましたが、それもできませんでした。せめてあなたの服だけでもズタズタにさせてください」とお願いをするのでした。
恐ろしい執念に負けて、自らの服を彼に与えます。すると予譲さんは趙襄子さん服を何度か刺し貫き、最後は自らののど元を刺して死にます。最大限の抵抗をして、暗殺者は自害します。
人々は、復讐の鬼の予譲さんのことを語り伝え、壮烈な死を記憶にとどめました。
さて、こうした壮士というのは、日常生活ではまったく何をしているんだかわからない人たちでした。でも、王様は、いつかこの人たちが役に立つチャンスがあるはずだと、海のものとも山のものともわからないものを、自分の保護下に置いて、大事に大事に扱いました。もう生きているときから、いつ死んでもいいように、楽しんでもらっていた。そうなると、もうこのお客さんは、ああ、これで私の死に場はいつか与えられるのだ、その時までは楽しんでいようと、覚悟を決めて生きていったんでしょうね。
こういう生き方、頭では理解できそうな気もしますが、おまえにできるかと訊かれたら、即座にできないと答えそうな気がします。私はいつでも死ぬという覚悟ができない弱い人間なんです。せいぜい生きられるだけ生きていきたい、超凡人タイプですから。