今夜、台風が本州に接近するころ、新潟県の知事選の結果が出るそうです。
前知事の不倫問題を受けての選挙なので、「脱原発」派は苦しい選挙なのかもしれません。そもそも結婚していないいい年齢のおじさんが、それなりの年齢の女性と関係したら、それはスキャンダルというんだろうか。
私は、大事な奥さんがいるから、そんなことは絶対にしないし、できないけれど、世の中はそういうくくりでいいんだろうか。そして、知事さんはどうしてやめなきゃいけなかったのか。あの謝罪会見って、いったい何だったのか。
私は、まるで知りませんでした。うかつな私です。
よろしい、本人が「すみません」というのなら、それは悪いことをしたということなんでしょう。個人的な恋愛問題と、原発問題は関係があるのか、それは私は関係ないと思います。どうしてマスコミというのか、うわさ好きの世の中は、混同してしまうのかな。それはそれ、これはこれができないから、ちっとも議論が進まないじゃないですか!
本当は、これから永続的に柏崎原発は使わず、廃炉に向けて突き進まねばならないのに、今回の選挙は、不倫問題と政治の問題がいっしょくたにして自民・公明連合は突き進むでしょう。
たぶん、自民・公明連合が勝ち、柏崎原発は一気に再稼働に進むでしょう。
柏崎の管理者は、東京電力といういい加減だけど、巨大な力を持っている会社です。それなりにごまかしごまかし運営するだろうけれど、自然災害でコロッと事故を起こしたら、これまた新潟県もとんでもないことになるでしょう。
そして、ふたたび地面の掃除をするんでしょうか。何年も何万年もかけて、放射性物質を取り除くためにたくさんの命が犠牲になることでしょう。
また、私たちは同じ失敗を繰り返そうとしている。それは、新潟の人々が選ぶことなのですが、東京からたくさんのお土産と開発約束と優遇措置をもらえるという、それだけのポイントで選ばされることでしょう。
目先のことが大事で、遠い未来のことなんか、だれも考えていないのです。政治家の人たちがそういう人たちばかりだから、国民だってそうなってしまうでしょう。今、損か得かと訊かれたら、今の得を選ぶはずです。
こんなことばを見つけました。
過去における投資の大きさこそが将来の行動を決めると考えることを、「コンコルドの誤り」と呼ぶ。
(いろんな場面で)どこでやめるべきかという「意志決定」が必要となるだろう。その時、過去にどれだけの投資をしたかに重点を置き、それを目安に将来の行動が決まるとするのは誤りなのである。
長谷川眞理子さんという進化生物学者の方が語っておられます。
私たちは、今までやってきたことに左右されながら未来を決めてしまう。大きく道を変えたり、今までの道をあっさり止めたりはできない生き物なのだというのです。
確かに、もう原発は作ってしまった。今まで地元にも富をもたらし、電力会社は核のゴミのことには目をつむり、安上がりで発電できていると思っている。この道筋から足を洗うことは、自民党政権には絶対にできないのです。
私たちが自民党政権を選び続ける限り、原発事故はなくならないのです。単純なことです。人間は必ずミスを犯し、原発はいつかは原子炉がくたびれ、自然災害は確実にやってくる。その度に私たちは右往左往して、狭い国土の中でヤキモキすることでしょう。
私には、この流れは止められないし、国民・県民の皆様の選択を受け入れましょう。それが私たちなのだと理解したいです。
長谷川先生は言います。
「コンコルド(英仏の失敗した飛行機プロジェクト)の誤り」は、人間の活動にしばしばみられる。元祖のコンコルドもそうだが、作戦自体が誤っているのに、これまでにその闘いで何人もの兵隊が死んだから、その死を無駄にすることはできないといって作戦を続行するのもその例である。過去に何人が犠牲になったかに関わらず、将来性がないとわかった作戦はやめるべきである。
誰が何を言おうと、私たちは変われません。同じ失敗を何度でも繰り返していくでしょう。それが少しの犠牲者であろうとも、何万人であろうとも、ムチャクチャな指揮官に振り回され、私たちの社会全体が失敗へと落ち込んでいくことでしょう。
だから、政治権力には力を持たしてはならない、小学校の公民で習ったことが、私たちの社会では実施されていません。残念なことです。