確か、月曜日、家に帰ったらNHKの「ファミリーヒストリー」という番組をやっていました。妻が見てたんでしょう。ゲストは阿川佐和子さんで、だいたいの既視感はありました。何しろお父さんは阿川弘之さんで、残念ながら、私は読んだことはないけど、戦争ものというのか、戦中に生きた人を取り上げていた作家さんでした。読みたいとは思いつつも、なかなか手が出せていなかった。
(あれ、阿川さんと仲良しだった檀ふみさんは最近どうしているんだろう。あまりテレビで会うチャンスないなあ。いや、私って、ブラタモリのタモリさんと、こころ旅の火野正平さんしか見てないんだった。テレビ、見てないんだなあ……。誰が出てても、私は何も知らないで過ごしているわけでした。たぶん、檀ふみさんはいろんなところでしっかりしたお仕事をされています。私が知らないだけでした。)
妻は言います。「お母さんの方も、すごい方たちだったのねえ」
そうか、やはり、小説家・エッセイスト・時代の寵児になるには、それなりの家系が必要なのか。いや、それはたまたまであって、家系なんて関係ないかも……。いや、やはり環境は大事か……。どっちなんだろう。大事かな。
それにしても、人のルーツをたどっていくと、いろんなエピソードが出てくるもののようでした。
そりゃ、お父さんが有名な小説家であれば、娘さんもそれなりに社会で頑張ってたりするんだろう、くらいのボンヤリ感覚で、何も考えないでテレビを見ていました。
やがて、佐和子さんは、お父さんのところに来ていたメディアの人に声を掛けられて、テレビのレポーターのお仕事をすることになりました。そこからあれこれとお仕事がやってきて、対談の名人になったり、「聞く力」という本も出されたり、もの書きとタレントのお仕事・小説家としても活躍されているし、昨日なんて私は彼女と分子生物学者の福岡伸一さんの対談集を読ませてもらったりしました。
そんな日々の中で、お父さんは2015年に亡くなるのですが、その病床で、お父さんは、彼女の原稿にあれこれ書き込んだりして、ずっと見守っていたというのが番組で取り上げられていました。
それまでは割と感心してたり、本人も既視感があったりで、淡々と番組を見ていた佐和子さんでした。けれども、その場面を見てるとき、少し感情が込み上げてきて、涙をぬぐうシーンがあって、単純にもらい泣きをしてしまう私は、ボンヤリ見てるボンヤリのお客だったのに、急に番組の中に入り込まされてしまったのでした。
どうしてそんなに簡単にもらい泣きするのかなあ。何とも思っていないのに、事情もよくつかめていなくても、誰かが泣いてたら、そこに感情の動きが読み取れたら、すぐに反応してしまうジジイになってしまいました。
私自身の気持ちは動いていないのに、気持ちの動いている人を見ると、体だけが反応させられてしまう。どういうんだろうなぁ。よくわからないけど、いつの間にかそんなジジイになったのかぁ。何だか悔しい。
いや、もう十分パソコンで遊んだから、もう少し寝るかな。もっとスヤスヤ眠りたい。眠りジジイになりたいのに、すぐに目の覚めるジジイになってしまった。昨日も歩いたのになあ。
♪ えーいんやー テレビでもらい泣き、ホロリー、ホロリー。