[10月12日19:00.天候:雨 東京都江東区豊洲 豊洲アルカディアビルB2F・防災センター→1Fエントランスホール]
警備員A:「はい、ご記入ありがとうございます。それでは18階の敷島エージェンシーさんは、敷島社長と井辺総合プロデューサーの2名様が残留ですね」
エミリー:「はい、そうです」
警備員A:「あなたは?」
エミリー:「はい?」
警備員A:「敷島エージェンシーさんの社員さんですよね?あなたは残留されないんですか?されるんでしたら、あなたもこちらにご記入を……」
エミリー:「あ、いえ、私は……」
鏡音レン:「いえ、ボク達は『備品』なので」
エミリーと一緒についてきた鏡音レンは首を外した。
出演したミュージカルの役回りの為に、レンだけは首が外れるようになっている。
それを知らなかった前期型のシンディに襲われて、首と胴体を引きちぎられたことが昔あったが、このような特別仕様のおかげで助かった経緯があり、今でも元に戻されず、そのままになっている。
警備員A:「うわっ!?」
すると、防災センターの奥からベテランの警備員がやってくる。
警備員B:「いや、この方達はいいから」
警備員A:「あ、そうなんですか」
警備員B:「すいません。こいつ、まだ先月入ったばかりの新人で……」
エミリー:「いえ、いいんです。失礼します」
レン:「失礼しまーす」
レンは笑みを浮かべながら首を元に戻した。
警備員A:「いや、ホントマジで見分けが付かないっスねー?」
警備員B:「まあな」
エミリーとレンは18階に戻る前に、1階のエントランスホールに立ち寄った。
外の様子を見る為と、自販機コーナーで敷島や井辺の為の飲み物を買う為であった。
レン:「警備員さん、驚いてたねw」
エミリー:「あまりフザけるな。社長の耳に入ったら、私からオマエに注意しなくてはならなくなる。その意味、分かるな?」
エミリーは眉を潜めて、腰のベルトを掴んだ。
特徴的な装飾のベルトだが、実はこれ、電気鞭である。
同じ服装をしているシンディもそうしているが、使用する時は腰から外し、あとは普通の鞭のように振るう。
因みにこの電気鞭の下には、普通のベルトを巻いている。
スリットの深い紺色のロングスカートをはいているので、エミリーが歩く度にスリットから白い生足が見え隠れする。
レン:「はぁい……」
レンは素直に首を縮こまらせた。
しかし実際にエミリーが電気鞭を使ったのは、下位機種のロボット達に対してだけである。
シンディと違って、エミリーはあまり電気鞭を使わない。
妹機のシンディよりも肉弾戦が得意なので、近接戦の時は徒手空拳や組み付いて捻じ伏せるくらいのことは平気で行う。
レン:「お〜、防潮板がせり上がってる」
エミリー:「あれで凌げるといいが」
最近のビルの防潮板は地面が電動でせり上がるタイプが多い。
警備員達がレインコートでもずぶ濡れになって、各エントランスの防潮板を上げていた。
エミリー:「社長とプロデューサーに飲み物を買って行くぞ」
レン:「お茶とコーヒーくらいなら給湯室にもあるんじゃ?」
エミリー:「停電したらどちらも作れなくなるだろう?あとは水だ」
レン:「そうでした。僕達のバッテリーで動かせないかな?」
エミリー:「動かせるだろうが、恐らく社長はそれを望まれないだろう」
レン:「うん、そうだね」
飲み物を持って来たビニール袋に詰めると、ガイノイドとボーカロイドはエレベーターに乗り込んだ。
[同日19:30.天候:雨 同ビル18F 敷島エージェンシー社長室]
敷島:「……今度の台風は仙台にも直撃するらしいです。平賀先生も十分気をつけてください」
敷島は社長室の椅子に座って、今度は平賀太一に電話をしていた。
平賀は今、仙台の自宅にいるという。
平賀:「もちろんです。我が家は一応、太白区の高台なんで、浸水の心配は無いとは思うんですけどね」
敷島:「そしたら今度は土砂崩れとかあるわけですよ。多分、のぞみケ丘の旧研究所はそろそろヤバいんじゃないですかね」
平賀:「あれについては殆ど放棄された物件ですから。自分達には思い出のある建物なんで、ちょっと残念ですけど」
敷島:「そうですね。平賀先生は大学に残ったりしなかったんですね」
平賀:「さすがに大学も休校になりましたから。今、七海が土嚢を用意してくれてますんで」
敷島:「七海も優秀なメイドロイドになりましたなぁ」
平賀:「学習能力が遅いので、自分も心配だったんですがね」
エミリーとレンが戻って来る頃、敷島の電話も終わった。
エミリー:「ただいま戻りました」
敷島:「おっ、ご苦労さん。どうだった?」
レン:「新人の警備員さんに、僕達も人間だと思われましたよ」
敷島:「してやったりだな。それがアンドロイドというものだ」
敷島はニヤッと笑って頷いた。
敷島:「さっきからまた雨と風が強くなったっぽい。浸水はもちろんのこと、停電もいつ起きるか分からない。特にお前達は電気があってナンボの存在だ。予備バッテリーは全部充電してあるが、それも限りがある。今のうちに今使用しているバッテリーも充電しておけ」
レン:「分かりました」
エミリー:「そういうわけだから、レンは早く部屋に戻れ」
レン:「エミリーは?」
エミリー:「私達はバッテリーを3個搭載しているから心配要らない」
ボーカロイドはバッテリーが1個だけ。
これは少しでも軽量化させて、激しいダンスもできるようにする為だ。
おかげでマルチタイプの体重が未だに3桁を超えるのに対し、ボーカロイドは人間並みの体重で済んでいる。
マルタイプのバッテリーは正・副・予備の3つである。
敷島:「ちょっと事務室行って来る。井辺君がどこまで調整したか聞いて来るよ。電話鳴ったら応対よろしく」
エミリー:「はい、かしこまりました」
敷島は社長室を出ると事務室に向かった。
敷島:「……っと、ちょっとその前にトイレ」
事務室を通り過ぎて、トイレに向かう。
その後でまた事務室に行こうとすると、レッスン室から物音がした。
ボーカロイドにレッスンが必要なのかと思われるが、歌に関しては問題無い。
しかし、他に問題がある。
それはダンスだ。
ボーカロイドは歌に関してはちゃんと入力すれば、ボイトレなど必要無い。
しかし、ダンスに関しては入力した後で、微調整を行う必要があった。
敷島:「誰かいるのか?」
敷島が覗いてみると、巡音ルカが今度のライブで披露するはずのダンスを自主トレしていた。
歌唱能力を最大限に引き出したボーカロイド3号機であるが、引き換えに身体性能に劣化が見受けられる。
なので持ち歌に関しては、ダンサブルなものは殆ど無い。
しかしライブなどで他のボカロと出演するとなると、そうもいかない。
ダンスがメチャクチャ得意な鏡音姉弟と比べると、ダンスに関しての調整は1番手間が掛かるボカロになっている。
敷島:「ルカ」
巡音ルカ:「あ、社長。お疲れ様です」
敷島はルカが一通りダンスを終えるのを待ってから声を掛けた。
人間なら汗をかいているだろうが、ボーカロイドは汗1つかいていない。
但し、体を冷却する為のファンが動いているせいか、そこは人間のように息を切らせていた。
敷島:「自己調整か。あんまり無理はするなよ」
ルカ:「はい、ありがとうごさいます」
敷島:「井辺君が調整しているが、延期したライブがいつ行われるのかまだ分からないからな」
ルカ:「はい。あの……そこで見ていらしてたんですよね?」
敷島:「まあ、途中からだけどな」
ルカ:「申し訳ありませんが、もう一度最初から見て頂けないでしょうか?私だけ、まだ数値が他のコ達と比べて低いもので」
敷島:「悪いなぁ。本当はお前に激しいダンスはやらせたくないんだが、どうしてもライブの流れ的にそうなっちゃって……。いいよ。その代わり一回だけだ。ヘタすると停電するかもしれないから、充電ができなくなる」
ボーカロイドがライブに出ると、そのバッテリーの消耗は激しい。
ましてや、ダンスとなると尚更だ。
だからライブの時は、充電済みのバッテリーや充電器をいくつも持ち込むのである。
ルカ:「ありがとうございます」
敷島は折り畳まれていたパイプ椅子を持って来ると、それを出して座った。
そして、ルカはもう一度音楽を掛け直すと、それに合わせてダンスを始めた。
警備員A:「はい、ご記入ありがとうございます。それでは18階の敷島エージェンシーさんは、敷島社長と井辺総合プロデューサーの2名様が残留ですね」
エミリー:「はい、そうです」
警備員A:「あなたは?」
エミリー:「はい?」
警備員A:「敷島エージェンシーさんの社員さんですよね?あなたは残留されないんですか?されるんでしたら、あなたもこちらにご記入を……」
エミリー:「あ、いえ、私は……」
鏡音レン:「いえ、ボク達は『備品』なので」
エミリーと一緒についてきた鏡音レンは首を外した。
出演したミュージカルの役回りの為に、レンだけは首が外れるようになっている。
それを知らなかった前期型のシンディに襲われて、首と胴体を引きちぎられたことが昔あったが、このような特別仕様のおかげで助かった経緯があり、今でも元に戻されず、そのままになっている。
警備員A:「うわっ!?」
すると、防災センターの奥からベテランの警備員がやってくる。
警備員B:「いや、この方達はいいから」
警備員A:「あ、そうなんですか」
警備員B:「すいません。こいつ、まだ先月入ったばかりの新人で……」
エミリー:「いえ、いいんです。失礼します」
レン:「失礼しまーす」
レンは笑みを浮かべながら首を元に戻した。
警備員A:「いや、ホントマジで見分けが付かないっスねー?」
警備員B:「まあな」
エミリーとレンは18階に戻る前に、1階のエントランスホールに立ち寄った。
外の様子を見る為と、自販機コーナーで敷島や井辺の為の飲み物を買う為であった。
レン:「警備員さん、驚いてたねw」
エミリー:「あまりフザけるな。社長の耳に入ったら、私からオマエに注意しなくてはならなくなる。その意味、分かるな?」
エミリーは眉を潜めて、腰のベルトを掴んだ。
特徴的な装飾のベルトだが、実はこれ、電気鞭である。
同じ服装をしているシンディもそうしているが、使用する時は腰から外し、あとは普通の鞭のように振るう。
因みにこの電気鞭の下には、普通のベルトを巻いている。
スリットの深い紺色のロングスカートをはいているので、エミリーが歩く度にスリットから白い生足が見え隠れする。
レン:「はぁい……」
レンは素直に首を縮こまらせた。
しかし実際にエミリーが電気鞭を使ったのは、下位機種のロボット達に対してだけである。
シンディと違って、エミリーはあまり電気鞭を使わない。
妹機のシンディよりも肉弾戦が得意なので、近接戦の時は徒手空拳や組み付いて捻じ伏せるくらいのことは平気で行う。
レン:「お〜、防潮板がせり上がってる」
エミリー:「あれで凌げるといいが」
最近のビルの防潮板は地面が電動でせり上がるタイプが多い。
警備員達がレインコートでもずぶ濡れになって、各エントランスの防潮板を上げていた。
エミリー:「社長とプロデューサーに飲み物を買って行くぞ」
レン:「お茶とコーヒーくらいなら給湯室にもあるんじゃ?」
エミリー:「停電したらどちらも作れなくなるだろう?あとは水だ」
レン:「そうでした。僕達のバッテリーで動かせないかな?」
エミリー:「動かせるだろうが、恐らく社長はそれを望まれないだろう」
レン:「うん、そうだね」
飲み物を持って来たビニール袋に詰めると、ガイノイドとボーカロイドはエレベーターに乗り込んだ。
[同日19:30.天候:雨 同ビル18F 敷島エージェンシー社長室]
敷島:「……今度の台風は仙台にも直撃するらしいです。平賀先生も十分気をつけてください」
敷島は社長室の椅子に座って、今度は平賀太一に電話をしていた。
平賀は今、仙台の自宅にいるという。
平賀:「もちろんです。我が家は一応、太白区の高台なんで、浸水の心配は無いとは思うんですけどね」
敷島:「そしたら今度は土砂崩れとかあるわけですよ。多分、のぞみケ丘の旧研究所はそろそろヤバいんじゃないですかね」
平賀:「あれについては殆ど放棄された物件ですから。自分達には思い出のある建物なんで、ちょっと残念ですけど」
敷島:「そうですね。平賀先生は大学に残ったりしなかったんですね」
平賀:「さすがに大学も休校になりましたから。今、七海が土嚢を用意してくれてますんで」
敷島:「七海も優秀なメイドロイドになりましたなぁ」
平賀:「学習能力が遅いので、自分も心配だったんですがね」
エミリーとレンが戻って来る頃、敷島の電話も終わった。
エミリー:「ただいま戻りました」
敷島:「おっ、ご苦労さん。どうだった?」
レン:「新人の警備員さんに、僕達も人間だと思われましたよ」
敷島:「してやったりだな。それがアンドロイドというものだ」
敷島はニヤッと笑って頷いた。
敷島:「さっきからまた雨と風が強くなったっぽい。浸水はもちろんのこと、停電もいつ起きるか分からない。特にお前達は電気があってナンボの存在だ。予備バッテリーは全部充電してあるが、それも限りがある。今のうちに今使用しているバッテリーも充電しておけ」
レン:「分かりました」
エミリー:「そういうわけだから、レンは早く部屋に戻れ」
レン:「エミリーは?」
エミリー:「私達はバッテリーを3個搭載しているから心配要らない」
ボーカロイドはバッテリーが1個だけ。
これは少しでも軽量化させて、激しいダンスもできるようにする為だ。
おかげでマルチタイプの体重が未だに3桁を超えるのに対し、ボーカロイドは人間並みの体重で済んでいる。
マルタイプのバッテリーは正・副・予備の3つである。
敷島:「ちょっと事務室行って来る。井辺君がどこまで調整したか聞いて来るよ。電話鳴ったら応対よろしく」
エミリー:「はい、かしこまりました」
敷島は社長室を出ると事務室に向かった。
敷島:「……っと、ちょっとその前にトイレ」
事務室を通り過ぎて、トイレに向かう。
その後でまた事務室に行こうとすると、レッスン室から物音がした。
ボーカロイドにレッスンが必要なのかと思われるが、歌に関しては問題無い。
しかし、他に問題がある。
それはダンスだ。
ボーカロイドは歌に関してはちゃんと入力すれば、ボイトレなど必要無い。
しかし、ダンスに関しては入力した後で、微調整を行う必要があった。
敷島:「誰かいるのか?」
敷島が覗いてみると、巡音ルカが今度のライブで披露するはずのダンスを自主トレしていた。
歌唱能力を最大限に引き出したボーカロイド3号機であるが、引き換えに身体性能に劣化が見受けられる。
なので持ち歌に関しては、ダンサブルなものは殆ど無い。
しかしライブなどで他のボカロと出演するとなると、そうもいかない。
ダンスがメチャクチャ得意な鏡音姉弟と比べると、ダンスに関しての調整は1番手間が掛かるボカロになっている。
敷島:「ルカ」
巡音ルカ:「あ、社長。お疲れ様です」
敷島はルカが一通りダンスを終えるのを待ってから声を掛けた。
人間なら汗をかいているだろうが、ボーカロイドは汗1つかいていない。
但し、体を冷却する為のファンが動いているせいか、そこは人間のように息を切らせていた。
敷島:「自己調整か。あんまり無理はするなよ」
ルカ:「はい、ありがとうごさいます」
敷島:「井辺君が調整しているが、延期したライブがいつ行われるのかまだ分からないからな」
ルカ:「はい。あの……そこで見ていらしてたんですよね?」
敷島:「まあ、途中からだけどな」
ルカ:「申し訳ありませんが、もう一度最初から見て頂けないでしょうか?私だけ、まだ数値が他のコ達と比べて低いもので」
敷島:「悪いなぁ。本当はお前に激しいダンスはやらせたくないんだが、どうしてもライブの流れ的にそうなっちゃって……。いいよ。その代わり一回だけだ。ヘタすると停電するかもしれないから、充電ができなくなる」
ボーカロイドがライブに出ると、そのバッテリーの消耗は激しい。
ましてや、ダンスとなると尚更だ。
だからライブの時は、充電済みのバッテリーや充電器をいくつも持ち込むのである。
ルカ:「ありがとうございます」
敷島は折り畳まれていたパイプ椅子を持って来ると、それを出して座った。
そして、ルカはもう一度音楽を掛け直すと、それに合わせてダンスを始めた。