こちらに来てほぼ2週間が経ちました。
初めの1週間は、同時にいらした川越のメンバーが同席する会議に出たりしながら、怒涛のように流れていき、頭の中に残らないほどの業務を淡々とこなしていました。
前にも説明したけど、と言われるのがとても怖い状況なのですが、それほど手応えが残っていないというのが実感なのです。
重要な部分をもしかしたら、端折ってしまったかもと不安になるのですが、全ての記憶をインプット出来るわけもないですし、その仕事以外に個人の身の周りのことも進めていくのですから、優先している気持ちと覚えなくてはいけない、心掛けなければいけないことにズレが生じ、一つの記憶の薄さを実感するたびに、この先を心配してしまうというのが実情です。
呼吸するように当たり前に全てのことが出来ないもどかしさがずしんと心に重しとなってのしかかります。
呼吸するようにとは、例えば、テレビの番組で今何をやっているのかをさっと察知することさえ出来ません。
英語仕様のキーボードで日本語を打つ際に、あれが出ないこれが出ないといったことや、さっと調べようと思って立ち止まることも多いのです。
本社→川越の時には、仕事の向き合い方というか、手触りの違いに戸惑いました。
川越→子会社の時には、意識というかその空気の違いに戸惑いました。
戸惑うことはもちろんあって当然ですが、今までには打開策が容易ではないにしても、がむしゃらに立ち向かう手段を想像することは単純に出来ていたようです。物まねが得意な私は何かに成り切ることなら出来るのかも知れません。
その手段の想像に、壁を感じているのが今回。どうすることがいいのかさえ分からないのです。
また、意識の違いというレベルではなくて、もしかしたら失礼にあたる行為になってはしまいかという不安もあります。
常識というものをかなぐり捨ててきてはいますが、マナーというレベルの違反への意識が今回は少々萎縮という状態を生み出しているのかもしれません。態度もどうだろう、頭を下げることも大きく頷くこともしますが、馬鹿に見えてはしませんか?と不安になります。
今日、ダウンタウンでお会いした方々の中に、熊本に以前住んでいて、熊本の人たちにたくさん助けてもらったという話をしてくれた人がいました。
その方は一生懸命知っている日本語を出し、私を一生懸命リラックスさせようと努めてくれます。
日本人スタッフの人も私が分からないだろうと、日本語で会話をして、話の前後関係を繋いでくれようとしているのが分かります。
どうしてだかは分からないのですが、話している内容が時にクリアに入ってくることもあるのですが、『何喋ってんだろ?』と一瞬でも思ってしまえば、会話のされてる範囲がつかめなくなり、一気に黒幕が頭の中に降りてきてしまうのです。
息子の話をしている、そこそこ年齢や得意科目や習っていることなどの想像が想起されているので、予想の範囲での質問にはすんなりと答えられます。
それは繰り返してる練習の成果のような状態とでもいうのでしょうか?
ただ、いつもいつも同じ質問をしてくるわけがありません。
同じ人なら同じ質問はしないでしょうし、よりそのフレンドリーさを出そうとしてくれているのかも知れませんが、どこかでプツッと音を立てて、会話が暗中模索の状態に陥るのです。あれ?今最後の質問?もう薄ら笑いで誤魔化していますがそこそこ馬鹿みたいに見えるでしょう。
英会話はもう聞こえるようになるまで聞くしかありませんが、恥ずかしがらずに本場のような発音をするように心掛けようという気持ちでいます。
発音しないと聞こえてこないのです。
いい方法があります。(勝手に思っています。)
日本語で若いころに経験があると思うのですが、この人の言おうとしていることが分かるというものです。どういうことかというと、テレビの人の言葉を追っかけるようして喋るようにするのです。英語だと喋れないので、口を動かすのです。ニュースキャスター、お天気お姉さん、野球の実況、ドラマの主人公、、、クイズ番組の司会者…。
私にも経験があり、友達からも申告を受けたので、大体の結論には至っているのですが、これは言語のリズムとか癖を体得するためのトレーニングです。
相手が日本語を喋る同一民族、同世代の日本人の場合、なんとなくですが発音さえしなければ大体口を動かして追随することが出来ます。
言葉の持っている前後のつながりの予測やリズムは、それこそ時間に培われたものだと思うのですが、ある程度の予測と来そうな言葉が予測の範囲で遊んでいることが分かります。だからその人の喋りそうなことが予測できるとか思っちゃうわけです。言葉尻や言い回しの特徴も真似ていくと、分かるのではなく、予測可能(だと誤解出来るレベル)な状態に至ります。
言葉を切るポイントも、言い出しもこの訓練をすればなんとなく聞こえるようになるのではないかと期待しています。
単語が正確で、文法もそこそこ間違っていないのに、相手が少し怪訝な顔をしているのが分かります。
そうは言わないのです。書くことはあるのかも知れません。
でもそうは言わない。
口語で文章を書くことはあるでしょう。しかし、口頭で文語を喋ると変人になります。それです。
これ、テレビの前で、子供向けのアニメ、幼児向けと思えるものでやってみました。一個もついていけないですが、画像から予測します。
そうするとチョイスする単語がたまたま合うようなことが一度くらいは起こります。
カウントを言ったり、打球の方向、ピッチャーのコンディションを喋る実況、まるでついていけませんが、スポーツの持つテンションなら、それはわかるじゃないですか?プレイが残念なのか、ナイスなのかは一目瞭然です。日本での表現とそこそこ同じように同じスポーツを観ている者なら言いたそうな言葉は共通だったりすると思うのです。で聞いた表現が繰り返されればどこかで合いまさーね。
口の緊張を解き、パクパクと動かして聞く。
いつかは理解が出来、予測が出来、聞こえてきて、喋る際にも何かに応用が利くと思っています。
レッズ、今日もマリナーズに負けてしまいました。明日も負けてしまいますかね?いえ、私はそうは思いません。今日の試合だって6回まではゲームを作れていたじゃないですか?中継ぎに課題はありますが、明日の試合にはかつコンディションが生まれてくれると期待したいです。そうですね。明日がそうなるといいですね。明日のゲームは3時半。その時にまたお会いしましょう。それでは皆様また明日!
この後、会社でやらなければいけないタスク、生活のタスクは会社で管理しますが、個人レベルのwish listはブログを使って、確認していこうかと思っています。
リンスインシャンプーを探す、
まずはこのレベルから始めます。
どのような店があるのか、その一軒一軒の持つシステムが想像も出来ないことも、心の重しなのでしょうね。
レストランではある程度の予測の範囲でしょうけど、親切に深く要望を聞こうとしてくれ(ていそう)ると、とたんにバタンですけどね。
また報告しますが、ポジティブになることが出来る手段を探し、そういうものをシェアしていけるといいですね。
初めの1週間は、同時にいらした川越のメンバーが同席する会議に出たりしながら、怒涛のように流れていき、頭の中に残らないほどの業務を淡々とこなしていました。
前にも説明したけど、と言われるのがとても怖い状況なのですが、それほど手応えが残っていないというのが実感なのです。
重要な部分をもしかしたら、端折ってしまったかもと不安になるのですが、全ての記憶をインプット出来るわけもないですし、その仕事以外に個人の身の周りのことも進めていくのですから、優先している気持ちと覚えなくてはいけない、心掛けなければいけないことにズレが生じ、一つの記憶の薄さを実感するたびに、この先を心配してしまうというのが実情です。
呼吸するように当たり前に全てのことが出来ないもどかしさがずしんと心に重しとなってのしかかります。
呼吸するようにとは、例えば、テレビの番組で今何をやっているのかをさっと察知することさえ出来ません。
英語仕様のキーボードで日本語を打つ際に、あれが出ないこれが出ないといったことや、さっと調べようと思って立ち止まることも多いのです。
本社→川越の時には、仕事の向き合い方というか、手触りの違いに戸惑いました。
川越→子会社の時には、意識というかその空気の違いに戸惑いました。
戸惑うことはもちろんあって当然ですが、今までには打開策が容易ではないにしても、がむしゃらに立ち向かう手段を想像することは単純に出来ていたようです。物まねが得意な私は何かに成り切ることなら出来るのかも知れません。
その手段の想像に、壁を感じているのが今回。どうすることがいいのかさえ分からないのです。
また、意識の違いというレベルではなくて、もしかしたら失礼にあたる行為になってはしまいかという不安もあります。
常識というものをかなぐり捨ててきてはいますが、マナーというレベルの違反への意識が今回は少々萎縮という状態を生み出しているのかもしれません。態度もどうだろう、頭を下げることも大きく頷くこともしますが、馬鹿に見えてはしませんか?と不安になります。
今日、ダウンタウンでお会いした方々の中に、熊本に以前住んでいて、熊本の人たちにたくさん助けてもらったという話をしてくれた人がいました。
その方は一生懸命知っている日本語を出し、私を一生懸命リラックスさせようと努めてくれます。
日本人スタッフの人も私が分からないだろうと、日本語で会話をして、話の前後関係を繋いでくれようとしているのが分かります。
どうしてだかは分からないのですが、話している内容が時にクリアに入ってくることもあるのですが、『何喋ってんだろ?』と一瞬でも思ってしまえば、会話のされてる範囲がつかめなくなり、一気に黒幕が頭の中に降りてきてしまうのです。
息子の話をしている、そこそこ年齢や得意科目や習っていることなどの想像が想起されているので、予想の範囲での質問にはすんなりと答えられます。
それは繰り返してる練習の成果のような状態とでもいうのでしょうか?
ただ、いつもいつも同じ質問をしてくるわけがありません。
同じ人なら同じ質問はしないでしょうし、よりそのフレンドリーさを出そうとしてくれているのかも知れませんが、どこかでプツッと音を立てて、会話が暗中模索の状態に陥るのです。あれ?今最後の質問?もう薄ら笑いで誤魔化していますがそこそこ馬鹿みたいに見えるでしょう。
英会話はもう聞こえるようになるまで聞くしかありませんが、恥ずかしがらずに本場のような発音をするように心掛けようという気持ちでいます。
発音しないと聞こえてこないのです。
いい方法があります。(勝手に思っています。)
日本語で若いころに経験があると思うのですが、この人の言おうとしていることが分かるというものです。どういうことかというと、テレビの人の言葉を追っかけるようして喋るようにするのです。英語だと喋れないので、口を動かすのです。ニュースキャスター、お天気お姉さん、野球の実況、ドラマの主人公、、、クイズ番組の司会者…。
私にも経験があり、友達からも申告を受けたので、大体の結論には至っているのですが、これは言語のリズムとか癖を体得するためのトレーニングです。
相手が日本語を喋る同一民族、同世代の日本人の場合、なんとなくですが発音さえしなければ大体口を動かして追随することが出来ます。
言葉の持っている前後のつながりの予測やリズムは、それこそ時間に培われたものだと思うのですが、ある程度の予測と来そうな言葉が予測の範囲で遊んでいることが分かります。だからその人の喋りそうなことが予測できるとか思っちゃうわけです。言葉尻や言い回しの特徴も真似ていくと、分かるのではなく、予測可能(だと誤解出来るレベル)な状態に至ります。
言葉を切るポイントも、言い出しもこの訓練をすればなんとなく聞こえるようになるのではないかと期待しています。
単語が正確で、文法もそこそこ間違っていないのに、相手が少し怪訝な顔をしているのが分かります。
そうは言わないのです。書くことはあるのかも知れません。
でもそうは言わない。
口語で文章を書くことはあるでしょう。しかし、口頭で文語を喋ると変人になります。それです。
これ、テレビの前で、子供向けのアニメ、幼児向けと思えるものでやってみました。一個もついていけないですが、画像から予測します。
そうするとチョイスする単語がたまたま合うようなことが一度くらいは起こります。
カウントを言ったり、打球の方向、ピッチャーのコンディションを喋る実況、まるでついていけませんが、スポーツの持つテンションなら、それはわかるじゃないですか?プレイが残念なのか、ナイスなのかは一目瞭然です。日本での表現とそこそこ同じように同じスポーツを観ている者なら言いたそうな言葉は共通だったりすると思うのです。で聞いた表現が繰り返されればどこかで合いまさーね。
口の緊張を解き、パクパクと動かして聞く。
いつかは理解が出来、予測が出来、聞こえてきて、喋る際にも何かに応用が利くと思っています。
レッズ、今日もマリナーズに負けてしまいました。明日も負けてしまいますかね?いえ、私はそうは思いません。今日の試合だって6回まではゲームを作れていたじゃないですか?中継ぎに課題はありますが、明日の試合にはかつコンディションが生まれてくれると期待したいです。そうですね。明日がそうなるといいですね。明日のゲームは3時半。その時にまたお会いしましょう。それでは皆様また明日!
この後、会社でやらなければいけないタスク、生活のタスクは会社で管理しますが、個人レベルのwish listはブログを使って、確認していこうかと思っています。
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まずはこのレベルから始めます。
どのような店があるのか、その一軒一軒の持つシステムが想像も出来ないことも、心の重しなのでしょうね。
レストランではある程度の予測の範囲でしょうけど、親切に深く要望を聞こうとしてくれ(ていそう)ると、とたんにバタンですけどね。
また報告しますが、ポジティブになることが出来る手段を探し、そういうものをシェアしていけるといいですね。