すこし不思議文庫というシリーズの一冊として刊行されました。タイトルには、「季節風」書きおろし短編集という小見出し(?)もついています。「季節風」は、児童文学の会ですが、このたび初の試みとして、大人向けの短編としての募集があったのです。そこで数ある中から選ばれた6編が載っています。
キーワードは、「すこし不思議」。読んでみると、それぞれが不思議のとらえ方がまちまちで、とてもおもしろいです。そう、不思議って、日常に潜んでいるんだなと改めて思わせていただきました。
「うたう湯釜」(森川成美)は、明治時代の女の子の話。松山の道後温泉を思わせる設定で、主人公蕗は、町長の家に奉公をしています。町長は町の発展のため、温泉を新しく建て直そうとしていますが、ここに由緒ある湯釜はそのままにしないと、湯が止まってしまうという強力な反対派が存在します。しかも蕗が思いを寄せている同郷の男も、その反対派に属していて、町長の家で会合があったとき、間諜として忍び込もうと蕗を惑わすのです。蕗は迷いながらも、勝手口から男を招きいれてしまいます。尊敬する町長との間に立って、蕗は迷います。そして……。という骨太なストーリー。
「生まれたての笑顔」(井嶋敦子)は、小児科医である敦子さんならではの、未熟児を産んだ女医を主人公にした話。かすみは、看護師たちから「ロボット」とあだ名されているほど、感情を表に出すことが苦手としています。帝王切開で出産した、保育器の中の我が子に対しても淡々と接していました。そして……。この物語は、人の心の不思議を描いているのだと思います。物語は細部のリアリティがあってこそ成り立つというのも、改めて感じました。
他に、「正義の味方ヘルメットマン」(吉田純子)、「働き女子!」(工藤純子)、「裏木戸の向こうから」(村田和文)、「山小屋」(田沢五月)と、どれもおもしろかったです。「季節風」代表のあさのあつこさんが、児童文学という分野に留まらず活躍されているように、この6人の中から大人向けの小説を書き続ける方が出るのでは? という予感もしました。
冒頭の「季節風」代表、あさのあつこさんの文章がまたいいのです。本屋さんにありますので、(アマゾンでももちろん)ぜひぜひお求めください。