今日は、本のお話をしようと考えていたのだが、
その前に、昨日、
ポンちゃんままさんが記事を書いてくださっていた。
おはようございます。
去年末、サンバちゃんが我が家にやってきたことが、
私の願望的妄想でなかったことが証明された。
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わしが、すごい歯をむき出して笑ってるよ。
「おかっぱさんは、ご自分で言う程、出っ歯じゃないですよ」と
たまに人から言っていただくが、出てるよ。けっこう出てるから。
出っ歯の証明も出来て、感無量です!
そんな私は、昔は自分が大嫌いだった。
出っ歯も細い目も丸い鼻も。
友達との会話でも、いつも嘘を付いていた。
私はそうは思わないと思いながら
「そうだよね」と言って友達に合わせるのに必死だった。
はみ出したくなかったんだ。
それでも、どんどんはみ出して行く感覚に陥り、ふと孤独を感じた。
ついには学校に行けなくなって、1か月ほど、不登校になった。
当時の私は、学校に行かなければ、人生が終わると思い込んでいたから、
勇気を出すために、髪を金髪にして登校した。
その瞬間、学校の中にいながらも完璧にはみ出した。
母さんは、金髪の私を叱るどころか、咥えタバコのまま笑った。
「かっこ悪い染め方やな~。わしだったら、もっと赤くするな。」と。
それも、嫌だった。
友達のお母さんは、こんなんじゃない。
おやつを出してくれて、子供の好物のおかずを作り、
身の回りの事をしてくれて、
当の子供は「うちの母さん、うるさいんだもん」と学校で文句を言う。
でも、お風呂の掃除をすれば、お小遣いが貰える。
成績が上がると褒められ、下がると叱られて小遣いを減らされる。
私は、そういう母さんが欲しかったんだ。
勉強をしろなんて、言われたことが無い。
むしろ、家の掃除もしないで宿題をしていると、叱られたものだ。
「勉強はお前の勝手な権利だろ。
掃除機と洗濯と風呂洗いと米炊きは、お前の義務だ」と。
ついでに「トイレの紙がないのに、なんで買ってこんのや」と叱られた。
どんだけ子供をこき使うんだ!
丁稚か?私は丁稚奉公に来てるんか?と悔し涙を流した。
やったらやったで、
「お前は、四角い部屋を丸くしか掃除できんな」と毒を吐く。
もちろん、褒められたことは、一度もない。
四角い部屋を、四角く掃除した試しがないからだ。
当時の私と姉の最大の憂鬱は、授業参観だった。
学校に母さんが来る・・・。
授業が始まる前の教室に、
控えめだか品のある恰好のお母さん達が続々とやってくる。
子供たちは、その様子を注意深く見ながら
「あっ私のお母さん来た、あれ、あそこ」と指を刺したり手を振ったりしている。
私は、友達のお母さんを見て、
(ああ、優しそうなお母さんだな~)と感心していると、
ついに、うちの母さんがやってきた。
一瞬確認したら、口から出るのは、ため息だ。
また、皆に後で言われるんだ。
「お前んちの母ちゃん、なんか、すげーなぁ」と。
美容院でしか髪を触らないというのが、母さんの自慢だ。
その日も、もちろんばっちりセットされたアップスタイルだ。
ここでいったん、想像してみて欲しい。
夜の銀座で、店を守り続けて30年のベテランママさんを。
あるいは、映画に出てきそうな、べたな極道の妻を。
それだ、そのイメージが、母さんにぴったりだ。
メイクも服装も、誰よりも派手で凄みすら感じる。
その手には、主張し過ぎる大きなダイヤの指輪が光っている。
もはや、武器にすら見えてくる。
この拳で殴られたら、さぞや痛いだろう。
しかし、もちろん、母さんは銀座のママでも極道の妻でもない。
愛知県の片田舎に暮らす、普通の兼業主婦だ。
加えれば、決して、我が家はお金持ちではないのだ。
その時だって、私の着ている体操着は、隣の家のかなちゃんのお下がりだし、
その上から着ているジャンパースカートは親戚のお姉ちゃんのお下がりだ。
靴下は、あちこち破れていて、私は、その破れを自分で縫い繕って履いていた。
どちらかというと、我が家は貧乏だ。
それを感じながらも、一度、お下がりなんて嫌だと文句を言ってしまった。
母さんが、「何様のつもりだ?自分で稼いだこともない癖に」と
烈火のごとく怒った様子を見て、母さんに恥をかかせてしまったような
申し訳なさを感じ、二度と言えなくなった。
しかし今さら、これを書きながら、
我が家は、母さんのせいで貧乏だったのかもと気づき始めている。
母さんは、仕事の他にやる事がいっぱいで、子供を構う暇がなかった。
パチンコを打たなければいけないし、それが済んだら、そのまま飲み屋に直行だ。
遅く帰ってくると、一緒に飲んでいた父さんとの喧嘩の延長戦が始まる。
私と姉は、煎餅布団が腐ってきたような布団から、その様子を伺っていたが、
間違っても、子供の教育についてというテーマだったことは一度もない。
営んでいた会社のことか、金のことか、亭主の浮気を疑う喧嘩だ。
珍しく寝てる我が子を起こして、話してくれたことはある。
あるが、それも最悪だった。
「お前の部活の先生、コバヤンだろ?ヒッヒッヒ。
道で見かけたから、そのまま飲み屋に引きずって飲ませてやったぞ。
お前、あんな先生が怖いのか?全然、怖くないやないか。
偉そうにしとるけど、あれは結構、気が小さい男やぞ。」と。
ほんと、最悪だ。
当時私は、父さんとは、きちんと会話をしたことすら、ほとんどなかった。
ただただ、怖い人。コバヤンレベルに怖い人、そうとしか思っていなかった。
今でも覚えている会話が、母さんが前夜飲み過ぎて
起こしても全く起きない朝の会話だ。
「あの・・・お父さん?お昼ごはんの弁当代が無いんだけど」
「500円でいいか?後で返してくれよ」
それだけだ。
今なら、こう言い返してやる。
おい、ドケチじじーめ!500円くらい、我が子におごれや!とね。
破天荒同士が夫婦になると、それは厄介なものだ。
そこに産まれた子供は、まともに育つのも難しい。
本当に難しくて、バカな私は、迷いに迷った。
血迷って、逃げ出した。
自分という人間を形成することから、逃げ出してしまったのだ。
夜遊びして、その金を賄うために人を騙した。
こんな事を繰り返していたら、自分の本当の心も見えなくなっていた。
自分のことも分かんないなら消してしまおうと、自分を傷つけ始めた。
そんな私に、母さんは気づきもしないで飲んだくれてるから、
ついに、こう言ってやった。
「もう、二度と、こんな家には戻らないから」と。
すると、母さんは、私の腕を掴んで
「なんでや?どうしたんや?行くな。行ったらあかん」と泣いた。
私の腕を掴む母さんの手は、震えていた。
この人、本当に、全く気付いてないんだ。
そう驚いて、その時なぜか、
さすが母さんだな~と笑えてきて、同時に感心してしまった。
それから私は、相変わらず血迷いながら、
自分の生きる道が分ってるんだか分かってないんだか、
そこは、はっきりしないまま自分なりに歩いている。
できることなら、はみ出さずに歩いていきたいと思っているのだが、
そうは上手くいかない時もある。
そんな時、不思議と、子供の頃を思い出すんだ。
というより、母さんを思う。
うちの母さんって、ド天然でアナーキーで、めちゃくちゃ面白いんぜってね。
今でも相変わらず、自分の道を疑う事なくまっすぐ生きてるじゃん。
すげーよなってね。
という訳で、やっと出てまいりましたよ。
本題です。
「ぼくは勉強ができない」 山田詠美
これは、ポンちゃんママさんが送って下さった本だ。
この本を読んでいると、似たような経験あるなぁて懐かしく思えたり、
どんどん、自分のこと、母さんのこと、いろんなことを
前向きに受け止められる気がしてきたんだ。
ままん、ありがとうございます。
実は、他の本も贈っていただいた。
山田詠美さんの2冊。
これも、また読んだら、感想を書きたいと思います。
それと、
これー!
これね、以前、買おうかどうしようか、悩んだ本です!
さすが、ポンままさん、分かってらっしゃるー。
ありがとうございます。
おい、そこの君たち?
君たちも、お礼を言いたまえ!
こらこら、喧嘩すんなよ。
ほらね、こうなるだろ?
おたま、お礼を言いたまえ
おたま「ありがとござます」
なんて、顔だ!
わしの真顔と、そっくりや・・・